「薫」
「どうしたの?」
「ごめん、俺のせいだよな」
「えっ……」
「俺が突然いなくなったから……薫に寂しい思いや、辛い思いをさせたよな? 今更だけど謝らせてくれ……ごめん」
そう言って圭介は私に向かって頭を下げた。その様子を見ながら私は自分の気持ちを確かめていた。
(確かに圭介と二度と会えないとわかったときは、寂しいって思っていたのは事実だけど、それだけじゃなかった……辛い思いや寂しさだけじゃなく、いい出会いもあった。今の私は前を向いて歩いていってる)
そう気付いた私は圭介に私の気持ちを知ってもらおうと思った。
「圭介、顔をあげて」
圭介はゆっくりと顔をあげた。
「薫。ごめん」
「いいの」
「けど……」
まだ、何か言いたそうな圭介の口に私は人差し指を押し付けて黙ってもらった。
「圭介。まずは私の気持ちを聞いてね。そのあとで圭介の気持ちも教えて」
私が静かにそう言うと、圭介は少し困りながらも
「わかった」
と言って頷いてくれた。
私は目を閉じ、静かに呼吸を整えながら落ち着いてと自分に言い聞かせる。そして、自分の気持ちを語りだした。
「あの日、圭介から別れ話を切り出されたとき、正直どうして? どうしてそんなことを言うのって思ったの。しかも、その理由が『他に好きなやつができた』だもん。正直ショックだったし、納得なんかできなかった。だって私は、圭介と付き合う前から圭介のことがずっと好きだったから。けど、そのときはショック過ぎて何も考えることなんてできなかった。
ショックから立ち直ってようやく考えたのが、仮にこのまま圭介と別れたとしても、またいつでも会えるって思っていたのよ。本当に。だって恋人には戻れなくても友達には戻れるでしょう? だから私から『ありがとう。さようなら』って言えたの。でもそれが永遠にできなくなるなんて、まさか圭介が亡くなるなんて誰が想像できるのよ?
圭介が亡くなったことを知らされたとき、嘘だと思いたかった。悪い夢だと思いたかった。同姓同名だけど、全くの別人であってほしかった。でも、そうじゃなかった……向かった先で別人であってほしかった私の願いはあっけなく砕けたわ。本当に私の知っている高木圭介が私の目の前で、静かに目を閉じたまま冷たくなっていたんだから。信じられなかった。信じたくなかった」
そこまで言ったあと、私は溢れ出てきた涙を拭った。そして、もう一度話しだした。
「圭介が亡くなってからの私はあとを追って死ぬことしか考えてなかった。実際死のうと思ったしね」
私が「死のうと思った」と話した瞬間、圭介はとても辛そうな顔をしていた。けれども、何も言わずただ黙って私の話を聴き、話の続きを促す。
「けど、いざ死のうと思った瞬間に死ねなかった。隣の部屋の高城さんって人に出会って、彼の笑顔を見たら、どうしてなのかわからないけれど私の中から死にたい思いが消えてしまったの」
私の口から「私の中から死にたい思いが消えた」と聞いて、ようやく圭介は穏やかな顔を見せてくれた。そして、
「よかった」
という言葉をくれた。
「うん、本当に。でね、その後に出会ったばかりの高城さんに言われたの。『残される家族や周りの人たちのことを考えたら死のうなんて思えないはずだ。君が亡くなったことで周りの人たちが喜ぶのか? 違う。悲しむんだ。
どうして、あのとき、声をかけなかったんだろう……どうして、もっと強く引き止めなかったんだろう……って、ずっと後悔したままなんだ。もし君が家族や周りの人たちにそれを望んでいるのならそれで構わない。けど、そうでないのなら簡単に命を投げ出そうとするな。それに、いつまでも悲しみにとらわれるな。悲しみにとらわれるんじゃなく、その悲しみを乗り越えて前に進まないといけないんだ。じゃないと何も変わらないし、何も始まらないんだ』って。
こう言われたとき、私は何も言い返すことができなかったの。だって、その通りだと思ったから。誰だって死ぬために生きているんじゃない。今を生きるために、未来を生きるために必死になって生きているんだって。それに、悲しみにとらわれる必要なんてないんだって、わかったの。嫌なことや、辛いこと、悲しいことがいっぱいあるけど……そればかりが人生じゃないんだって気付いたんだ。いいことも、嬉しいことも、幸せなことも同じようにいっぱいあるんだって。だから過去にばかり目を向けないで少しずつでもいいから、前を向いていこうと思っているの……」
(高城さんの言葉を借りてさんざん御託を並べて泣かないように気持ちを落ち着かせていたけど……やっぱり無理だよ。夢でも幻でも今、私の目の前に圭介がいるのに気持ちを落ち着かせることなんてできないよ。ずっとずっともう一度だけでいいから会いたいと思っていたんだから……)
ここまで言ったあと、私は両手で握りこぶしを作り、体を震わせながら圭介へ伝える最後の言葉を口にする。
「だから……心配しないで、大丈夫だから……」
(大丈夫なんて嘘よ。本当はずっと寂しかった。いつも私の隣にいてくれて、どんなときでも私の味方で辛いときにいつも支えてくれる圭介がいなくなってしまって寂しくないはずがないのに……)
そう言って私は圭介に背中を向け、声を押し殺しながら泣いた。少しでも圭介を安心させるために私は精一杯強がってみた。
「……薫。ありがとう」
きっと圭介は私が強がっていることに気付いている。けど、それ以上は何も言ってこなかった。
物語と現実 【全12回】 | 公開日 |
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(その2)物語と現実 | 2019年5月10日 |
(その3)物語と現実 | 2019年6月26日 |
(その4)物語と現実 | 2019年7月3日 |
(その5)物語と現実 | 2019年8月26日 |
(その6)物語と現実 | 2019年9月6日 |
(その7)物語と現実 | 2019年10月4日 |
(その8)物語と現実 | 2019年11月1日 |
(その9)物語と現実 | 2019年12月6日 |
(その10)物語と現実 | 2020年1月10日 |
(その11)物語と現実 | 2020年2月7日 |
(その12)物語と現実 | 2020年3月6日 |