著者プロフィール                

       
花とおじさん 〜 花とおじさん(その2)

高津典昭

昭和32年1月7日、広島県三原市生まれ63歳。
昭和54年陸上自衛隊入隊。その後、職を転々として現在故郷の三原に帰り産業廃棄物の分別の仕事に従事。
平成13年2級土木施工管理技士取得。
平成15年2級舗装施工管理技士取得。
執筆活動は土木作業員の頃から。
本作は「伊東きよ子」のヒット曲「花とおじさん」が私の体験によく似ていると気づき、創作意欲が湧いた。

花とおじさん 〜 花とおじさん(その2)

花とおじさん 【全3回】 公開日
(その1)花とおじさん 2020年2月28日
(その2)花とおじさん 2020年3月29日
(その3)花とおじさん 2020年5月1日

 さあ、今日はクリスマスイブ。昨日買ってきたモミの木に飾り着けを始めた頃、高津は仕事に出かけた。

 ♫私はあなたの、お部屋の中で、一生懸命咲いて慰めてあげるわ。どうせ短い私の命、おじさん見てて終わるまで♪

そこまで歌ったところで我に帰った。

 あのおじさんを巻き込んではいけない。身上話はしたけど、私の心臓の事はほとんど話してない。もし、ここで発作が起きるとおじさんにとても迷惑かけてしまう。それにさめきったおじさんを暖めてあげようと思ったけど、昨日、手を握られた。あの人、おじさんのくせにものすごく純粋でまじめな人だから、私に手を出せずにいるんだ。実は、逆におじさんを苦しめる結果になるのかもしれない。ごめんなさい。私そんなつもりはないの。おじさんに対してとり返しがつかない事してるのかもしれない。もう実家に帰らなきゃ。あっ、この状況に似た小説〝夕鶴〟の中で〝つう〟はセックスしたのだろうか?あの人は鶴で私は人間だから違うかもしれないけど、とりあえず図書館へ行って調べて来よう。そして、華奈は着替えて出かけようとした瞬間、携帯が鳴った。声の主は、実家の工場で働いていた写植の職人の留さんだった。話の内容は、未払いの給料を払えという事だ。留さんは華奈が赤ん坊の頃からとても可愛がってくれた働き者だった。印刷会社が規模を縮少し続けても最後まで残ってくれた人だったが、口調はその頃と違ってとても荒かった。弁護士に任せていたけれど、自分がやらなければならない事はこれから帰って山ほどある。それを考えただけで頭が混乱してきた。

 その頃、高津は仕事中だった。今日も朝から怒鳴られっぱなしだが、花ちゃんの事を考えると気持ちがはずんだ。今日こそ告白しよう。昨日、花ちゃんは手を握り返してきたぞ。やっぱり俺の事が好きなんだ。そうに違いない。勘違いなんかじゃない。何て言おうかな。恥ずかしいな。それにしても、きのう花ちゃんが外出したすきにバックあさって見つけたパンツかぶっちゃったもんなー。あんなかわいいパンツ履いているんだろうな。そんなとこ見られたら、花ちゃんに、

 ♫おじさん、あなたは、やらしい人ね♪

なんて歌われちゃうんだろうなー。愛の告白なんて初めてだから照れるなー。これから帰るまでにゆっくり考えようと一人で盛り上がっていた。

華奈は、留さんからの電話を切った後、今後の自分に不安がよぎった。その時だった。華奈の体に異常が起きたのは。

 突然、発作が起こった。もう誰にも止められないほどの激しい発作だ。一瞬のでき事だった。心停止。体が全く動かない。苦しい。おじさん助けて。華奈は遠ざかる意識の中でおじさんに迷惑かけないように何とか携帯で救急車を呼ぼうとしたが、手足が完全にマヒしていた。もはや自分では何もできない。

「おじさん。ごめんね。私の分まで幸せになって」

そうつぶやいた後、絶命した。享年21才、実に短い一生だった。飾りつけられたクリスマスツリーが悲しさ増加させていた。そんな事を露とも知らない高津はクリスマスケーキとサンタクロールのコスチュームを東急ハンズで買った。サンタクロースの服で花ちゃんをびっくりさせよう。なかなかいい演出だ。そして、今日こそ告白しようと花屋で真赤なバラを買った。まっかなかぁー。いいねいいね。次から次と出てくる。花ちゃん喜ぶだろうな。僕は君が好きだ。私もおじさんの事が好き。そして2人は抱き合ってキス。

 ♫小さい花に口づけをしたらー♪

 歌の中にもあるじゃないか。今日はクリスマスイヴだし、ウーン、完璧なシナリオだ。これでいこう!高津は帰路、一人で演じた。得意の絶頂であった。

 うん、あかりがついている。花ちゃん驚くなー。サンタクロースの衣に変身した高津はノックした。返事がない。

 あれーと思いながらドアを開けた。目の前に、うつ伏せに倒れている華奈がいた。高津は動かない華奈に向かって、明るい華奈のいつもの冗談だと思い、

「何だよ、死んだふりしてんじゃねえよ」

と冗談で返した。冗談ではなかった。高津は、あまりの白熱の演技に、

「象印賞!」

と称えたが返答がない。さすがにこれはおかしいと思って抱えた。華奈は完全に脱力している。

「やばい。おい。大丈夫か。そういえば心臓が弱いって言ってたな」

と言いながら、ほほを2~3回たたいた。

「あー、息がない。脈もない」

 華奈にとっさに人工呼吸をしてみた。俺は、こんな形のキスをする予定じゃなかったんだ。

「花ちゃん、生き返ってくれー」

 悲鳴にも似た人工呼吸をくり返す高津であったが、華奈は息をふき返さない。

「電話だ!119番だ!」

 高津は救急車を呼んだ。救急車が到着するまでの間、さらに高津は懸命の人工呼吸をくり返した。

「誰か花ちゃんを助けてくれー」

高津は絶叫した。その大声に驚いたアパートの住民がかけつけ、大さわぎになった。高津はとり乱し、バラの花束を壁に何度も打ちつけ、アパートの廊下は修羅場と化した。サンタクロースの格好でとり乱す高津、散乱するバラと死体。何か事件性をにおわせていた。猟奇的な光景であった。

 やがて救急車が到着した。救命隊の救命活動も、病院の処置もむなしく、結局、華奈は帰らぬ人となった。

 高津は華奈の携帯電話を手がかりに、友人から親類へと連絡した。自分のような者と一瞬でも暮らしていた事は華奈の名誉に傷がつくと判断したので、単なる、第一発見者、第一通報者という事で、事後の処置は警察に任せた。

 警察は高津に対し、一時は殺人容疑をかけ、警察署に拘留したが、救急隊の証言と病院の担当医師の判断でなんとか警察署を出てアパートに帰った。

 また一人になってしまった。吉田拓郎の『祭りのあと』とは、こういう心理なんだ。あまりに楽しすぎる事があると、それが去った後のむなしさ、寂しさは半端じゃない。

 華奈の私物は、警察に授けたので、バラで散らかった部屋と、食べずにかたすみに置いてあるクリスマスケーキがよけいに寂しかった。それ以外、あの楽しい夢のような数日間を物語るものは何もない。明日から又つらい仕事だ。高津はずっと華奈を追憶し続けた。

 ♫あの娘が、逝っちまっちゃったよー。あの娘が、逝っちまっちゃったよー。幸せになれよと言われたのは僕の方だったよー。♪

こう歌うと涙が止めどなく流れてきた。

「花の命は短くて苦しき事のみ多かりき…くそー」

と枕をぶん投げた。

「かわいそうすぎる。なんで、あんな明るくてかわいい娘が…。俺が死にゃ良かったんだよー」

 ふとんをかぶって泣き叫んだ。

 ♫さよなら大好きな人―。さよなら大好きな人―。もう2度と会えない人♪

 次から次へと歌が出てきた。

 ♫あなたがいた頃は、笑いさざめきー。誰もが幸せに生きてきたけど

―。人は人と別れて、後で何を想う…♪

  歌う度に無限に涙が出た。酒をあびる程飲んだ。

 翌日、高津は、夜勤で国道維持工事の現場にいた。昨夜、飲みすぎて体も頭も働きがにぶい。しかも、その日の日勤でマンホールの鉄蓋を交換する為に、ダンプで積み上げる作業中、ぎっくり腰をやった。夜勤に穴をあけられないので、腰の事は隠し通した。そして舗装が始まった。高津は当現場での舗装作業の持ち場は、アスファルト合材を敷き均した際、粗い部分にふるいをかける事だった。締め固めをするための大きな鉄輪のマカダムローラーが初期転圧を行なう前に、ふるわなければ、冷えてしまって合材がなじまない。しかし、当日の合材は、粗いところに目つぶしするための細かいゼロが少なく、粗いのがやけに目につく、さらに現切を照らす投光器の当たった部分は、昼間よりも顕著だ。高津は、何とか仕事で戦力になりたかった。少しは認められたかった。仕事のできない者がやる仕事だが、一生懸命、汗をかき、息をきらせて頑張った。しかし、いくら走っても走っても、マカダムはどんどん前進してくる。ふるいが間に合わない。フィニッシャーもどんどん進んでいく。高津はいい仕事をしたい一心で、マカダムの後ろに回って間に合わなかった部分にふるいをかけに行った。マンホール回りが残っていたので、しゃがんで、鉄蓋と合材のジョイント部にていねいに手でゼロを入れていった。マカダムが後進して来ているのは知っている。マカダムが踏む前にここだけどうしても終わらせたい。ジョイント部完了。そう、ホッとして立ち上がった瞬間、腰に激痛が走った。

「痛―。動けない。くそー」

マカダムはどんどん進んできて、高津は死角に入った。本日のKYミーティングでは〝ローラーの死角に入らない。ヨシ!!〟がスローガンだった。このKY(危険予知活動)を無視して作業した高津は、今まさにマカダムローラーに轢き殺されようとしていた。まずい、これ以上、会社に迷惑はかけられない。

 その時だった。マカダムの後方で、仕上げの転圧を行なう、タイヤローラーの作業員が異変に気付き、クラクションを何度も鳴らした。マカダムの作業員は急停止した。まさに危機一髪だった。右足が少しだけ巻き込まれていたが、けがはなかった。

「ばか野郎―。何やってんだ!」

 その後、高津は怒鳴られ続けた。

 結局、高津はその直後夜勤からはずされ、しかも、作業員1名を無駄にしてまでも、即アパートにダンプで送り帰された。当然の処置である。高津には事故の前歴がある。さらに業務上過失致死又は致傷になるかもしれない大事故につながる事だった。高津は少しでも戦力になりたかった。どうしても、あそこにふるいたかった。2,300㎡の国道の表層工において、一箇所のマンホール回りなどとるに足らない事なのだが、ふるいぐらいしかできない高津にとってとても大事な事だった。しかし、結局大きく足を引っ張った。夜勤は、警察の道路使用許可で、規制の開放時間が決められている。時間を過ぎると、特に国道は現在、国土交通省管轄であり、監督は始末書どころか、現場中止の処分の恐れがある。高津1人の失敗で会社が赤字になるところだった。

 その日の朝、会社の事務所に行き、社長に退職願を出した。社長はすでに、現場監督から報告を受けていた。前回の事故では、高津に対して、労災その他の世話を焼いたが、さすがに今度は切れかかっていたところだった。高津の退職願に対して承諾し、最後に社長は言った。

「この年の瀬、寒空の下、やめてどこへ行くんだね。世の中、不景気でどこも雇ってくれないんだぞ」 とやさしい言葉を一言かけてくれた。


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花とおじさん 【全3回】 公開日
(その1)花とおじさん 2020年2月28日
(その2)花とおじさん 2020年3月29日
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