著者プロフィール                

       
〜 北海の大地にて女のロマンを追え(その4)

高津典昭

昭和32年1月7日、広島県三原市生まれ63歳。
昭和54年陸上自衛隊入隊。その後、職を転々として現在故郷の三原に帰り産業廃棄物の分別の仕事に従事。
平成13年2級土木施工管理技士取得。
平成15年2級舗装施工管理技士取得。
執筆活動は土木作業員の頃から。
本作は「伊東きよ子」のヒット曲「花とおじさん」が私の体験によく似ていると気づき、創作意欲が湧いた。

〜 北海の大地にて女のロマンを追え(その4)


高須はラフティングの落水事故といい今といい、恐くなった。しかし、抱え起こす敦子と、これから出会う出会い系サイトの札幌の女性。
今後の展開を思うと、そっちの期待の方が大きく、恐怖心はすぐに薄れていった。いやし系の敦子の腕の中で高須の心配事はなくなった。
あたりは騒然となったが、幸いけがもなく館長の謝罪をうけた後、一行は再び楽しい旅行を続けた。メルヘン交差点でUターンだ。
このへんも入ってみたい建物が多い。もう一度、小樽運河で昔情緒を満喫してバスに乗った。なごり惜しいが小樽を出ることになる。本日の宿泊地は札幌だからだ。ガイドさんからライトアップされる運河の美しさや、オタモイ海岸、鰊御殿、天狗山など次々に紹介された。小樽インターから道央自動車道に入ってすぐ海側に、新しい名所ウイングベイ小樽が見える。総面積34万㎡の大型複合施設だ。
「あの大観覧車に乗りたーい」車内はにぎやかだ。
京子のまゆがピクッと動いた。敦子が相変わらずキンキン声だからだ。
マリーナとウイングベイ小樽にはさまれてかつて石原裕次郎記念館があった路地に建つグランドパーク小樽が見える。
小樽港に出入する大型船と日本海。夜景は見られないが、この高台を走る道央自動車道の眺望は素晴らしい。
高速なのでバスは、あっという間に札幌市に入った。さすがは人口200万人を超える北都だ。バスの右手はるかに建ち並ぶビル群と住宅街。小樽の比ではない。
札幌北インターで高速から下り一般道に入った。道路は計画的に、ごばんの目に整備されている。
その道路に沿って並木が続く。りんご並木だ。ごばんの目ゆえに信号がやたらと多い。
中心地に進むにしたがって道路は渋滞してきた。
バスは、JR札幌駅手前を左折した。本日最後の目的地、サッポロビール園だ。現在は大手4大ビールメーカー全て、この札幌にビール園を持っているが、このサッポロビール園が最も古い。
工場見学の後はおまちかね、本日の夕食会だ。
「キャー、こんなに大きいのー」
「厚いねー」ボリューム満点のジンギスカンに舌つづみを打ち、隣接の工場から届く鮮度抜群(ビールの敵は輸送時の揺れ)のサッポロ生ビールのジョッキを手に、「乾杯―!」
「おいしいねー」
「アワがソフトねー」
「〝聖美の麦酒〟の次においしいねー」
「私、札幌に来たら、ジンギスカンと生ビールと雪印パーラーのアイスクリームと大通り公園のとうきびを食べるのが楽しみだったのー

「私は、それに加えてラーメン横丁ね」
「私、カニ」
「いよいよ最後の夜ね」
「あー、まだ帰りたくないよー」
「このまま北海道のひとになっちゃおうかしら」
「それもいいかもねー」
「だよね」美女3人組の話は尽きない。
「ところで、明日の最終日、自由行動ね。みんなどこへ行くの?」
「わたし、スリー・キャット・ナイト(先述のロックバンド)と一緒に大通り~すすきののストリート系」
「私、健さんとデートの約束したの」
敦子は、初めに話を切り出した以上、「私も高須さんと…」と言いたかったが、不倫なのでどうしようもない。
思いはつのるばかりだ。旅の心地よい疲れにビールを飲んで、みんないい心持ちだ。そんなたのしい雰囲気につつまれた中〝ガチャン〟皿の割れる音がした。形式上、夫婦で行動している高須と京子の席だ。京子がついに切れたようだ。
高須に皿を投げつけたのだ。居たくもない人と一緒で何の会話もなく、ただ時間が過ぎている。こうしているうちにまだ夫の不倫の現場をおさえられないでいるいら立ちで、夫に対して大声でなじっている、ふだんは黙って聞いているだけの高須だが酒の勢いと、敦子と2人きりになれないもやもやと、会えるかどうかわからないメル友への思いが交錯してきた。
2人の魅力的な女性を思えば思うほど、目の前にいる冷め切った本妻が嫌になった。京子の矢継ぎ早に出る罵声に、一度は対抗したが、やはり口では勝てない。「このアマー」ついに、高須は京子に平手打ちをみまった。
ツアー一行の周辺が一瞬シーンとなった。敦子が後先も考えないで高須をかばいに行った。次の瞬間、なんとあの物静かな健さんがビールを片手に握り立ち上がった。その視線は明らかに高須に向いている。なにもそこまでと思った田中さんは、健さんをなだめに行った。
田中さんはフェロモン系なので色っぽく、「いやーね。健さんたら、どうしちゃったの?…あっ、気がつかなくてごめんなさい。ビール、私がついてあげるね」とビール瓶をそっと奪い取った。殺気立っていた健さんは、急に腰くだけになったようにイスに腰かけた。
どうも田中さんのようなセクシーな女性に弱いようだ。
「あの人はホモじゃなかった」聖美ちゃんは、健さんのただならぬ殺気を感じとっていた。
「そういえば、北一硝子でのガラス落下事件の直前もあんな目をしていた。
明日の自由行動危険だ。強引に私達のグループで連れてっちゃおうかな?」と考えていた。
敦子と聖美ちゃんと3CN(スリーキャットナイト)達によって高須夫妻の夫婦げんかはおさまり、田中さんによって健さんの殺気はおさまった。楽しいジンギスカンの晩さん会が終わり、一同はバスに乗り、このツアーの最終宿泊地、札幌全日空ホテルにチェックインした。ここでは京子が添乗員に食ってかかっていた。
もう何もかも気に食わないようだ。そのようすを見て、敦子は、「高須さん、あんな鬼とは早く離婚しちゃいなさいよ。こんなんじゃ、旅が楽しくないでしょ。かわいそう」とつぶやいた。
なにしろ高須の話を聞く以上、敦子には、妻が悪いように聞こえていたから無理もない。昨日までの温泉観光ホテルとは一変してシティホテルだ。
夕食は終えているので、美女3人組は今日の旅の話をしながら、しばし部屋で休憩した。田中さんは絶好調なので着替えながら歌を歌っている。♫逢いたい気持ちがままならぬー。北国の街はー♪その歌を聴いているうち敦子は、不倫できず、がまんしているストレスから、だんだんムカついてきた。
しかも、1番で終わらず2番も歌っている。♫2人で歩いた塩谷の浜べー♪「あんた、塩谷なんか歩いてないでしょ!」とイラ立ちまぎれにあたりちらした。「なによ、敦っちゃん、自分がうまくいかないからあたってるんでしょ」
と言って健さんの部屋に行った。
雰囲気があまり良くないので、聖美ちゃんも、「明日の計画立てに行って来ます」と言って3CNの部屋に行った。シーンと静まり返った部屋、敦子はテレビをつけた。
お笑い番組で、笑う所なのだが、敦子は高須の事を考えていてうわの空だ。そんな時、敦子の携帯にメールが届いた。何だろうと思って見ると『時計台で待つ。高須』とある。敦子はこの願ってもない展開に歓喜した。敦子は、急いでユニットバスで体をきれいにして時計台に走った。
国の重要文化に指定されている札幌時計台は、札幌農学校(北海道大学の前身)の演武場として、1878年建設され、1881年に時計台が付設されて以来、年もの間、正確な時を刻み続け、澄んだ鐘の音を都心に響かせている。敦子は目がいいのですぐに高須を見つけた。「高っちゃん」高須はニックネームで呼ばれるとは思わなかった。
その気さくでかわいい敦子に、どんどん心奪われていく。「写真撮ろうね」
しかしいいポイントが見つからない。
「どこから撮っても、まわりのビルが入っちゃうね」
「少し興ざめだね」
「ビルがじゃまだー」
時計台の所在地は、中央区北1条西2丁目のオフィス街のどまん中だ。そこら十に高層のインテリジェントビルが建ち並んでいる。
その後、急速に2人の仲は深まった。新しい恋の始まりだ。
このツアー、田中&健さんに次いで2組目のカップル誕生!♫時計台の下で逢って、私の恋は始まりました。
黙ってあなたに、ついてくだけで、私はとても幸せだったー。
夢のような、恋のはじめー。アカシアも散った、恋の街、サッポロー♪時計台の下の2人は歌い終わると唇を重ね熱い抱擁。
「カシャッ」京子が物かげからこの熱い2人に向けてカメラのシャッターが切っていた。
「仕事の件で、札幌の業者とうち合わせがある。遅くなるかもしれないから先に寝ててくれ」と言って出て行った夫の後をつけて来たのだ。
夫の不倫現場をおさえ、写真を撮って証拠とし、調停裁判で有利に持っていくためだ。女の勘は当たったのだ。そんな事は露とも知らず、敦子の胸は高なった。『北海の大地にて女のロマンを追え』というメインテーマがかなった。
ドリームカムトゥルーの瞬間に酔った。抱き合ったまま、高須はちんちんを立てていた。
「敦子がかわいい。やわらかい。近くのホテルに」と敦子の事でいっぱいになっていた。
「あっ、そうだ。メル友に逢いに行かなくちゃ。そもそも、俺はメル友に逢うために、行きたくもないツアーに参加したんだ。ここで精子を出してる場合じゃない」
高須は中年なので、一度精子を出したら回復するまで時間がかかる。このところ、めっきり弱くなっている。敦子に出すと危険だ。しかし、敦子は、精子を出させるに充分魅力的な女性だ。決断がせまられた。今、抱き合っているのは現実の女性だ。
しかし、メル友は来るか来ないかわからない未知の女性だ。リスクが大きい。もしすっぽかしだったら…。しかし、初心忘るべからず。俺の会社の社訓だ。メル友に逢うためにツアーに参加したのだ!高須は未知なる世界を選択した。究極の選択だ。
「敦子さん」
「敦子と呼んで」
「敦子さん、私は妻に疑われてしまうので、いったん、ホテルに戻らなければなりません。でも、あなたの事が忘れられません。明日、朝4時に、テレビ塔の下で待っています。妻が起きる前にもう一度逢いたい」
全く高須はずるい奴である。メル友に逢えなかった時の保険ではないか。
身も心も濡れていた敦子は気持ちがおさまらなかったが、禁断の恋の意味を知る大人の女である。
心とはうらはらに、「わかりました。あなたの家庭を壊すことはできません。私は影の女でいいの。明日4時、必ず行きます」
明るくて、かわいくて、キンキン声の敦子もいいが、こういう押し殺した声も高須にはたまらなかった。後ろ髪を引かれる思いの2人は、口づけを交わして別れた。
それにしても高須はうそつきだ。
ここでも敦子にうそをついた。
ビル群に消えた高須は、さっそく携帯から札幌のメル友にメールを送った。メル友、それは、テレビ番組の『笑ってめるとも』という、お昼の長寿番組の人気から火がついた。
この番組はメル友がメル友を紹介して、司会のコモリが「明日、来てくれるかな?」と出欠を問うと、「メル友!」と答える番組だ。
高須は、ワクワクしながら返事を待った。期待どおり、まもなく携帯に返事がきた。『今から着替えて行くので1時間後にテレビ塔の下で待ってて♡』ついに高須のこの旅のメインイベントがきた。そのためにこのツアーに参加したのだが。

いかにメル友にターゲットをしぼったとはいえ、生身の女を抱いた直後である。それもとびきりかわいい女性を。高須は敦子の心をしっかりつなぎ止めておきたかった。時計台からテレビ塔へは、歩いて5分位だ。
すぐ着いた。メル友が来るまでの時間を利用して敦子にメールを送った。そのころ、敦子はホテルに戻ったところだった。明朝4時が待ちどおしい。てゆうか、もうすぐ会えるのに、その時間がとても長く感じる。1分が1時間ぐらいに感じた。もう、不倫が悪だなんて、そんな事はどうでも良かった。
そして、抱き合っていた時、敦子のために、ちんちんを大きくした高須がいじらしかった。その時は、あっ、きたきた。大きくなってる。久しぶりの感覚ね。下腹部に当たる異物の感触をここちよく感じていたが、私にだって、ちゃんとした、それ用の穴があるんだから、そこに入れてよと言う気になった。
そんな時メールが送られてきた。高須からだ。『今、ひとつになるストーリー。せつなくて熱い瞬間。口唇を交わせばもう、メモリー、1秒でもドラマさ。』悦子は時計台の密会の心情をつづったものだと気づくと、自然に涙がこぼれ、メールを返した。これから先のことも含めた心情をつづった。
高須は敦子の心の内を知らされ感激した。再びメールを送った。敦子は、高須のやさしさを感じるメールに、今まで後ろめたくてふみきれなかった不倫だが、高須のメールで勇気が湧いてきた。
そして、しめくくりとしてメールを送った。敦子は〝愛〟なんて言葉にまだ酔える自分がうれしかった。
ベッドの目覚ましをセットしたが、起きられないかもしれないので、念のためフロントに、3時30にモーニングコールを頼んだ。
その頃、京子は証拠写真を撮ったので、安心してはやばやとホテルのベッドで眠っていた。翌朝、予定どおりモーニングコールがかかって敦子は目を覚ました。夜遅く、部屋に帰ってきていた田中さんと聖美ちゃんも、その音に気づいて目がさめた。
「どうしたの?」
敦子に尋ねると♫あなたの背中につめを立てたい♪と歌いながら着替えている。ピンときた聖美ちゃんは、「相手の奥さんに知られたらどうするのよ。やめときなさいよ」と眠い目をこすりながら忠告したが、敦子の愛は止まらない。
聖美ちゃんにしてみれば、高須は裏表がありそうで嫌いなタイプだが、健さんみたいな殺気を感じるような男じゃないし、旅とは出会いである。
自然との出会い、人との出会い…旅の思い出づくりだ。それ以上、止めなかった。4時前、敦子は予定どおり、テレビ塔に向かってホテルを出た。6月上旬であり、北緯43度の札幌はすでに夜明けだった。
ベンチで待っている高須を発見した。なんだか、高須は頭を下げて寝ているように見える。
「やだ、高っちゃん寝不足?」と声をかけたが返事がない。
「なに死んだふりしてんのよ」とゆり起そうとした。
しかし、完全に脱力している。それどころか、血まみれで腹にナイフが突き刺さっている。死んでいる。最愛な人のあまりに残酷な現実に、敦子はとり乱した。「いやああぁぁ」
死んでいるとはわかっていても、とにかくナイフを引き抜こうとした。
ナイフはそう簡単に抜けない。肉がナイフに食いついているのだ。抜こうとして懸命になっているところにパトカーがサイレンを鳴らしながら近づいてきた。
警察官たちは、勢いよくパトカーを降りると、この殺人現場にかけつけた。敦子は、引き抜いたナイフを握ったままで、うなだれて放心状態だった。
その敦子に警官は、「敦子さんですね。」敦子は正気に戻った。なぜ名前を知っているのか不思議だったが、「はい」と答えると、「この殺人事件の重要参考人として署まで連行します」と我が耳を疑うような訳のわからない事を言われた。敦子は、やっとナイフを握っている事に気づき、
「違う!私じゃないー」と叫んだ。
夜明けとはいえ、犬の散歩や、朝帰りの群衆で、すぐに黒山の人だかりとなった。「なんで、私の名前を知ってるんですか?」敦子は、何者かにはめられたと思った。なんで私が。わけのわからないことだらけだ。自分の知らないところで話が作られてしまっている。


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