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第一回 マルバツ教祖 〜 無邪気な猿は太陽を創る(その1)

竜崎エル

出身地:山と田んぼの町

My favorite
小説:アルジャーノンに花束を
漫画:金色のガッシュ!!
映画:ローマの休日
音楽:Don’t stop me now

どうか駄文を読んでみて下さい。

第一回 マルバツ教祖 〜 無邪気な猿は太陽を創る(その1)

 物語は昔々、科学がまだ発展しておらず、代わりに神や仏という概念が発展した時代。人々に教えを授ける男は教祖バツ様と呼ばれていた。バツ様は王宮と同等の豪華絢爛な宮殿に住んでおり、そこはまさに神や仏がいてもおかしくないほど荘厳であった。

 毎日バツ様の御前で、人々は救いを求める。バツ様は玉座に座り、救いを聞く。聞き終えると玉座から立ち上がり、バツ様は儀式を行う。人々が病について救いを求めれば、動物の頭蓋骨を炎の中へ抛った。人々が未来について救いを求めれば、丸い水晶の中を覗き込んだ。人々が天候について救いを求めれば、勾玉を床にばら撒いた。人々が罪について救いを求めれば、自らの手を剣で傷つけ、血を聖杯の中へ落した。人々が死者について救いを求めれば、黄金の杖を手に取り、地面を三度打ち鳴らした。そうすることで、バツ様は神からのお告げを受ける。お告げに実質的な効果はなかったが、結果的に多くの人々の拠所となっていた。人々はバツ様に心酔していた。

 バツ様の先祖は開祖で、一族代々それを受け継ぎ、守ってきた。バツ様は生まれながらに教祖になることが決まっていた。

 洞察力に長けたバツ様は、父からの教えと現実とのギャップにすぐ気が付いたが、それを口にすることはなかった。ただ不信感だけを心の中でジワジワと育て続けた。そうして、継承の日を迎える。

父の大葬の日、多くの人々が宮殿に立ち並んだ。父の亡骸は天まで届く大火となり、その火を背に、バツ様は人々の前に現れた。

「我が父が天へと旅立たれた。父の魂は我が肉体へと受け継がれ、これからは私が父の代わりに役目を果たそう。神の声が導くままに。」

この瞬間、バツ様は父の死とともに全てを受け継いだ。人々はバツ様に心変わりしたのだ。

 あれから数年、バツ様は父の代わりを演じ続けた。バツ様は自分が特別な存在でないことを唯一知っていた。自分たちの一族にそんな力がないことも、神が作りものであることも知っていた。神の声など一度たりとも聞いたことはない。

教祖という存在は必要悪であった。父や先祖は人々を救いたいという思いがあったようだが、バツ様にはなかった。バツ様は惰性で人々に救いを授けていた。しかし、そんなバツ様の無関心を急変させる出来事が起きる。

ある夜のこと、バツ様はうまく寝つけず、月明かりを頼りに宮殿内を徘徊していた。すると、誰もいないはずの玉座の間から微かに声が聞こえてきた。その音は数秒バツ様の体をフリーズさせたが、恐怖心を上回る好奇心がバツ様の体を月明かりの届かぬ闇の中へと誘った。足音を消し、息を殺す。そして、暗順応したバツ様の両目が男を一人、暗闇に見つけた。男は玉座の前へひれ伏し、泣いている。この異様な光景に心を奪われたバツ様は、男が発する引力に身を任せ、一歩一歩無意識に近寄って行く。男はバツ様の存在に気付かない。あっという間に二人は衝突し、新たな宇宙がこの世界に生まれた。

「神ならあなたを救えます。」

男の背後でバツ様は咄嗟に口にした。その声を聞いた男は振り返ることなく、目を見開き、ビタッと泣くのを止めた。バツ様はゆっくりと男の横を通り過ぎ、玉座にかける。ただ歩く、座るという動作から滲み出る確かな品格が、男にバツ様を教祖と理解させた。

「あなたの心の内を明かしなさい。神の救いを授けましょう。」

バツ様は暗闇の中でも、男が安心するのが分かった。

「わ、私は・・・過ちを犯しました。今宵、女を一人・・・殺したのです。」

男は震えながら罪を打ち明け、それを聞いたバツ様は生まれて初めて血が高ぶった。

「ど・・・どうすれば、良いでしょうか。」

男は明日からその罪が見つかろうとも、見つからずとも罪人として生きていくことに怯えていた。

「よくぞ打ち明けた。あなたは救われる。」

そう言うと、バツ様は自らの手を剣で傷つけ、血を聖杯の中へ落した。男はその様子をじっと見つめている。

「神からのお告げだ。ここから西の山奥に滝がある。その滝つぼに飛び込みなさい。川の流れでここに戻ってくる時、あなたの罪はすべて水に流され、あなたの心と体は生まれ変わる。」

「ほ、本当ですか。そうすれば、私は救われますか?」

「神はあなたを救います。」

安堵した男はすぐさま闇夜に消え、バツ様は暗闇に白い歯を覗かせた。

 翌朝、バツ様のもとに噂が回ってきた。男が女を殺し、行方不明になっていると。バツ様は独り痺れた。そしてその日の夕刻、新たに噂が回った。罪人の男が川で溺れ死んでいたと。この世で唯一、事の真相を知るバツ様は、今まで感じたことのない幸福を感じた。自分は人知れず他人の行動を操れ、命さえも自在に扱える。それに気づいたバツ様は、初めて神を感じることができた。この幸福感を求め、徐々にバツ様は変わっていく。

「バツ様、夫が病で倒れました。どうすればよいでしょうか?」

「主人を川の水につけなさい。」

「バツ様、作物が実りません。何をすればいいでしょう?」

「一族全員髪を切りなさい。そして、切った髪を土に埋めるのです。」

「バツ様、結婚相手が見つかりません。どうすればよいでしょう?」

「肩にこの烙印を押しなさい。神聖な熱があなたの運命を内側から変えるでしょう。」

「バツ様、子どもを無事産むためには、どうすればよいでしょうか?」

「夫の血を一滴舐めなさい。」

「バツ様、どうすれば雨が止みますか?」

「一日中、裸で雨に打たれなさい。直に止むでしょう。」

何の効果もないことを自分だけが知っていた。バツ様は今までしてきた抽象的な言葉をかけるのをやめ、具体的な言葉をかけた。バツ様は掌の上で人々を踊らせ、心で嘲笑った。そうすることで、神を感じることができた。

 次第に、バツ様の言動はエスカレートしていった。面白そうな悩みを持つ者や容姿が整っている者は、夜宮殿の玉座に呼び出し、二人きりで神のお告げを伝えた。適当な話をでっちあげ、人間関係を滅茶苦茶にした。中には罪を犯す者、人を殺す者まで現れた。しかし、彼らは孤独だった自分に手を差し伸べてくれたバツ様と絶望した自分に光を与えてくれた神を裏切ることはなかった。人は何かに頼らなければ生きていけない。

 やがて、バツ様は王にも頼られる存在となった。王の救いには、以前のような抽象的な言葉を使った。

「今のままで大丈夫です。」

「しばらく戦はお控え下さい。」

そして、具体的な言葉を使う時は、裏で臣下と繋がっていた。彼らとは、利害が一致していた。

「外交を盛んに行い、国を豊かにするべきです。外交にはあの国が良いでしょう。」

「彼は優れた知性の持ち主です。是非、近くで使えさせるべきです。政治、経済、軍での経験を一刻も早く積ませて下さい。」

バツ様は退屈だった教祖という立場を私利私欲のため、最大限利用し始めた。しかし、誰も彼の暴走に気づかず、止める者はいなかった。

 そんなある日、国に一人の旅人がやってきた。旅人は慈悲を乞うため、宮殿に足を運んだ。旅人は食料と寝床を求めていたが、バツ様の救いを目にした途端、そんなことはどうでもよくなった。旅人はバツ様に何をしているのか聞きたかったが、直接話すことは出来ず、代わりに周りの人々に話を聞いた。

「神様の力だよ。」「神様が救って下さる。」「神様の声を伝えている。」

彼らはそう答えたが、旅人は何が起きているのか理解することができなかった。そこで、旅人は宮殿を後にし、バツ様に救われた人々を探し回った。

 それから数日、バツ様はある噂を耳にする。どうやら自分の真似をする人物が現れ、その人物は教祖マル様と呼ばれ、青空の下、地面に座って人々の悩みを聞いているという。話に聞くマル様は見すぼらしく、自分には関係ないと考えたバツ様は相手にしなかった。

 しかし、事態は数日で急変した。日に日に宮殿を訪れる人数が減っていくのである。バツ様は何が起きているのか分からなかったが、すぐに答えに辿り着いた。

「あいつか!」

バツ様は怒りを抑え、マル様と呼ばれる人物を調べ始めた。

 マル様はたった二週間で素晴らしい功績を残し、人々に愛されていた。マル様の言葉は確かな成果を収めた。例えば、病人をお湯に入れて病を治したり、手で体を押すことで痛みを取ったり、マル様が選んだ土地で作物が実ったり、雨や雷を予言したり、マル様のおかげで無事に子供を授かったり、人間関係が良好になったなど様々だった。そして、マル様は祈りを変えていたのだ。宮殿へ行くことができない人に対してこう伝えていた。

「宮殿へ行かずとも、一日一回どこでもいいから、手を合わせて心の中で神に感謝するだけで良い。そうすれば、神はあなたを救う。」

この言葉がマル様の成果とともに、人々に広がっていたのが原因だった。そして徐々に、マル様と比べ、バツ様の悪評が流れ始めた。一度その味を知ってしまえば、人々はもう言葉だけでは、神だけでは満足できなくなった。心の曇りを晴らす確かな言葉と自分自身の神を彼らは欲するようになった。

 バツ様はマル様が何をしているのかが分からなかった。自分と同じイカサマをしているはずなのに、マル様だけが問題を解決できた。早急に手を打たなければ、自分たちの築き上げてきたものをすべて失う。内心追い詰められたバツ様は溜め込んでいた金と供物を大いに使い、三日三晩宮殿で祭りを開くことにした。神への感謝、国の繁栄、民の幸せを名目に、人々の好感と信頼をマル様から取り返そうとした。

祭り初日、宮内は未だかつてないほどの人で賑わった。足を運んだ人々には無償で料理と酒が振る舞われ、祭りは大盛況だった。数え切れぬ人々が再びバツ様に救いを求め、感謝を述べ、畏敬の念を抱いた。その夜、バツ様は思惑通りに動く人々を眺め、美酒に酔いしれた。

翌日、祭りの勢いは弱まることを知らず、加速の一途をたどる。宮殿にわざわざ王がお見えになられたのである。王は民たちのすぐそばを同じように歩き、祭りを盛り上げた。

「王よ、光栄でございます。」

予想だにしない出来事にバツ様はすぐ王のもとへ駆けつけ、人目を憚らず頭を垂れた。

「賑わっておるな。お主に話がある。」

「何なりと。」

 祭り最終日、ついにこの時を迎える。暇を持て余したマル様は祭りへと足を運んだ。遠慮なくおこぼれを頂いているところ、バツ様の侍従に発見され、連れて行かれた。

「君が噂のマル様か!手荒く呼び出してすまないな。」

食べ物と酒で両手が塞がり、今もなお口に何かを含んでいる見苦しいマル様を見下しながらバツ様は話しかけた。

「いやいや、とんでもない。これだけうまいものをご馳走になってるんだ。多少の無礼は目を瞑りましょう。」

そう言い終わると、マル様は酒で口の中を整えた。

「そうか。それなら早速、本題に入ろう。私の下につきなさい。昨日、王からお話を頂いた。もうじき、私の宗教が国教となる。そこで、私の宗教に君の力を加えてはみないか?君の才能、知識、技術は素晴らしいが、君の環境は最悪だ。あれでは、信者を増やすのに苦労するだろう。私と組めば、今とは比べ物にならないほどの人に君の教えは広がり、何百年、何千年と人々に残り続ける。悪くないだろ?」

「はははは。こりゃ傑作だ!」

マル様の笑いが玉座の間に響き渡る。その反応にバツ様も気を良くし、笑い始める。しかし、次の一言がこの空間を凍りつかせる。

「あんたは馬鹿か!」

「何だと!」

「あんたは何もわかっちゃいない。誰もあんたの教えなんて聞きやしないよ。」

マル様の言葉がバツ様の血を熱くする。

「ふざけるな!この三日間でどれ程の人が救いを求めたことか!対して貴様はどうだ?何人に救いを求められた?」

「五人です。」

「ふっ、たった五人か!勝負にもならんわ!」

バツ様の怒りを嘲笑いながらマル様は返した。

「嘘をついちゃいけねぇ。本当は俺が怖いんでしょ?俺はこの三日間で五人救いました。あんたは数千人から救いを求められたかもしれませんが、果たして何人救えたんですか?」

「無論、全員だ!」

「やはり、あんたは虚しい人だ。」

「何が言いたい?」

「俺はあんたの罪を知っている。だから、俺にはわかる。あんたは人でも神でもない。あんたは最低だ!あんたの教えはクソだ!そんなものが時を超えて残るはずがない。本当に人を救いたいなら、罪を償え。そうすれば、俺の力をあんたにも教えてやるよ!」

マル様はそう言い残し、一人宮殿を後にした。

 あれからひと月、宮殿を訪れる人数は祭り前よりも減っていた。対照的に、マル様のもとへ足を運ぶ人は今まで以上に増えていた。結局、人々は形だけで、祭りの飯と酒が目当てだった。バツ様の神と言葉を信じてなどいなかったのだ。

「皆、私から離れるか。それなら…」

バツ様はマル様に負けたが、それを認めることはなかった。怒り、焦り、恐怖に襲われる中、バツ様はマル様と戦うことをやめ、誰もいない玉座の間で神を感じるあの瞬間を待つことにした。

 終にバツ様の望んだ日が訪れる。その日、マル様はいつも通り信者の悩みを解決していたが、ある女性信者に順番が回った時、事件は起きた。女性はそっとマル様に近づき、耳元で何かを囁いた。その行動を見ていた他の信者たちは聞かれたくない悩みなのだと思った。しかし次の瞬間、女性は隠し持っていたナイフをマル様の胸元へ突き刺した。マル様がゆっくり倒れていく。血が地面を走り、眼から光が失われ、冷たくなっていく。悲鳴と怒号が一気に飛び交う。女性はすぐに他の信者数人に取り押さえられた。マル様は信者の温かい手と熱い涙に包まれながらこの世を去った。

「何でこんなことした?」

女性はすぐに問い詰められた。

「マル様が敵国の人間だからよ!私の旦那はその戦争で殺された…私はあの国の人間を決して許さない!皆もそうでしょ?」

「…」

女性の必死の形相に他の信者たちは言葉を詰まらせた。

「でも、どうしてそれが分かった?」

「バツ様に聞いたの!最初は信じなかったけど、本当だった。」

マル様の遺体から敵国の国紋が入った宝剣が発見され、現場は静まり返った。

 それから間もなく、バツ様の前に一人のマル様信者の男が現れた。右手に剣を持っている。しかし、バツ様は玉座から離れようとはしない。恐れることなく、怯むことなく、最後まで不気味な笑顔を崩すことは無かった。剣はバツ様の体と玉座の背を貫いた。

 国王はこの惨劇をマル様と敵国の陰謀と判断し、マル様信者を危険因子として探し出し、罰することに決めた。  十数名のマル様信者は彼の後を追ったが、そのほとんどは過去を偽った。マル様の教えは完全に消え失せたが、生き延びた彼らがバツ様の教えに戻ることはなかった。バツ様の教えは弱体化し、何とか細々と残った。二人の死はこの国から宗教と信仰心を消し、人の醜さだけを残した。