著者プロフィール                

       
あめのなかのたにん 〜 Barren love 不毛な恋たち(その1)

藤村綾

風俗嬢歴20年の風俗ライター。風俗媒体に記事を寄稿。趣味は人間観察と眠ること。風俗ジャパン内・俺の旅web『ピンクの小部屋』連載中。

あめのなかのたにん 〜 Barren love 不毛な恋たち(その1)

「ねぇ」
「ん?」
 あなたは腰にバスタオルを巻いて髪の毛をワシャワシャとしながらあたしの寝ているベッドに滑り込んできた。糊のききすぎている真っ白なシーツ。
あたしはいつも左側にいる。
「なに?」
 久しぶりにあなたにあった。
 多分計算をすると半月だ。以前は長くあわなくても10日が最大だった。こんなに魔が空いてしまったのは忙しかったとゆうこともわかってはいるが、それでも2回程メールを打ってしまった。
『今日はうちにいます』とか『どうなの?』とか。あいたいとは決して打ってはいない。すでにうざい女に成り上がっているのだから。あえるとゆう奇跡はコンビニエンスストアで700円クジを引いて当たる確率のようなものだ。
『あいたいよ』と素直にメールや電話を出来る相手ならばいい。そうゆう相手なら。けれどあなたは違う。あなたは決してあたしの手に届かないところにいる人だから。
 あなたが布団をまくってあたしの横に滑り込む。シャワーをしてきたけれどもちろんソープの匂いはしない。なんの匂いだろう?家庭的なあるいは家庭で使っている柔軟剤だと思われる匂いがする。このラブホテルは不倫専用ホテルなのか、無香料のソープだった。
「どうしてね、男と女はね、こうゆうことをするのかな」
 おもては雨がおそろしいほど降っている。静寂な部屋に雨の音がザーザーとラジオのノイズのように鳴り響いている。
「わからない」
 あなたはあたしを背後から抱きしめてつぶやいた。
「そんなに深く考えることはない。いまさらだよ。だって」
 『だって?』
 あたしはその言葉の先を促す。
 けれど、あなたはその先の言葉を続けなかった。
 温かい体。柔らかい髪の毛。細い脚。けれどしっかりとした胸。
 あたしはあなたの上に乗って体を重ね、ついぞ唇も重ねた。
 舌と舌を絡ませる。あなたの唇はいやに柔らかい。優しい舌の感触にすでにめまいをおぼえた。
 体だけの関係と割り切ってあっている。なので無理もいえないし、むやみに体を重ねるだけのそれだけのまるで動物のような関係。
 あなたに嫌われたくなくてまったく平然を保っているけれど、ほんとうは苦しくて切なくて絶望的で死にたくなる。
 体だけは素直にすんなりと滑りあなたの欲を受け入れてしまう。あたしは愛を勘違いしている。あなたとあたしの間には愛などとゆうすてきで華麗で高揚する文字などはどこを探してもない。
 強いていえばあるのは虚だろう。
 虚構の世界にいるあたしとあなた。あなたはそれでもあたしを抱く。もっとも感じる抱き方をしてあたしを奈落の底に突き落とし、また死なせる。あなたにあったときは生きているけれど、あえない虚無的な時間は完全に心も細胞も何もかもが死んでいるというのに。
 あなたは「イク」とだけ短くいいながらはてた。
あたしはまるで小動物のような声を小さくひっそりとあげていた。
 どうして声が出るのだろう。どうしてしたあとこんなに虚しくなるのだろう。
 好きとか愛しているの代用の言葉はどれだろう。
 肩で息をしているあなたの方に目を向けながらぼんやりと考える。
 優しくしないで。優しい目をしないで。声が、手が全てが愛おしいのに。
 その手であたしを戒めて。
 あたしは罪深い女だから。
あなたはなにも悪くはない。あたしだけが死ねばいいだけ。あたしだけが死ねば。
「雨……」
 ベッドの天井に向かってあなたは声を出す。
「雨」
 あたしも同じことをくりかえし、
「明日はやむかしら」
 あなたになのか、じぶんにいったのか定かではないけれどつぶやく。
「わからないな」
「よく、わからないね」
 あなたの声が雨の音に飲み込まれてゆく。
 けれど一番わからないのは今のこの状況だ。
 こんなに好きでどうしようもない感情をどうして抱えてしまっているのだろう。
「なにか、最近さ笑えるとあった?ほら、松野さんのこととかさ?」
 話題が途切れるといつもだいたい同じことをたずねている。
あなたは少しだけ眉間にシワを寄せながら、どうだったかなぁと考える。やけに真顔で真剣に。
「あ、あった、あった」
 声のトーンを上げつつ話しはじめた。
「セブンでタバコを買ってね、車に持っていって、ゴミを捨てようと袋に入れて捨てにいったんだよね」
「うん」
「で、タバコを吸おうとして見たらタバコがどこにもないわけ」
 そこまで一気に話し、タバコに火をつけてスーッとタバコを吸う。
「もしかして?」
 あたしは、もうすっかり笑う準備に取り掛かっていた。
「そう。そのごみ袋に買ったのを入れて捨てたのでした。まる」
 あなたは「まる」と自分でいってから締めくくった。
 あたしは大きな声でゲラゲラと笑った。
「それまるでコントだよね」と付け足して。
「それ取りに行かなかったの?」
 たぶんこの人のことだから取りには戻ってはいないと思いつつもきいてみると、あなたは首を横にふった。
「もう、めんどくさいから。買った。また。まる」
 あたしは再三と笑った。
 おもしろいね。なんてせっかちなの。あなたは。
 「自販機でお金を入れコーヒーのボタンを押してもコーヒーを持ってくるのを忘れてくるしな。」とまたせっかちを暴露する。
「ウケる」
 あたしはおなかを抱えつつ、はははと笑った。
「行くか」
 あなたは時計を確認する。
あたしもスマホを手にとって時間を確認すると19時40分だった。
「うん」
 まるで心療内科の診察だとふと思った。
 待つ時間は無駄にながいけれど、診察は2分で終わる。
 あってからまだ2時間もたってはいない。あえなくて苦しい時間は見事なほど長く半月もあったのに。
「ねぇ」
 洋服に着替えたあなたに裸で抱きつく。あなたは観念したようあたしを抱きしめる。
「ねぇ」
「ん?」
 雨の音がもう聞こえない。やんだのだろうか。帰りたくないのとわがままを口にして雨の音のようザーザーと泣いたらあなたはきっと眉根をひそめあたしを突きはなすだろうか。
 泣くもんか。
 もうあなたの前では涙を見せないと決めている。
「早く着替えな。行くから」
 あたしは観念したようにあごをひいてうなずいた。
 
 おもてに出たらすっかり雨はやんでいた。そのかわり雲のすき間からだいだい色の明かりが灯されている。あたしはうっとりとして見えないほど、薄く唇を開いて無意識に声を出していた。綺麗な空。
 帰りの車内が嫌いだ。
 あたしはずっと窓の外をながめていた。
 あなたは決してあたしに話しかけなかった。たくさんの車が同じように流れてゆく。おなじように雨粒を乗せて。
 前方にちょうどぱあっと西日があたりあたしとあなたの顔に覆いかぶさる。
 「あ」あなたは小さく声をあげた。
 その声がどうしても、岩についたコケのようにこびりついて耳から離れない。

Barren love 不毛な恋たち 【全12回】 公開日
(その1)あめのなかのたにん 2020年4月29日
(その2)とししたのおとこ 2020年5月29日
(その3)おかだくん 2020年6月19日
(その4)つよいおんな 2020年7月31日
(その5)舌下錠 2020年8月31日
(その6)サーモン 2020年9月30日
(その7)シャンプー 2020年10月30日
(その8)春の雨 2020年11月30日
(その10)ワニのマフラー 2021年1月29日
(その11)ヘルスとこい 2021年2月26日
(その12)オトコなんてみんなばか 2021年3月31日