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サーモン 〜 Barren love 不毛な恋たち(その6)

藤村綾

風俗嬢歴20年の風俗ライター。風俗媒体に記事を寄稿。趣味は人間観察と眠ること。風俗ジャパン内・俺の旅web『ピンクの小部屋』連載中。

サーモン 〜 Barren love 不毛な恋たち(その6)

「ここ最近さ今の現場を見だしてから忙しすぎてビジネスに泊まってばっかりだったよ」
ソファーにもたれうなだれながら開口一番に吐露をした。
「まあでも、ほらビジネスは現場から近いから気は楽といえば楽なんだけどね」

彼は建築の現場監督だ。
ホテルに入る前、昨日自分が監修した某コンビニエンスストアが竣工したといっていた。
なんでもそのコンビニが新設の目新しい造りになっていてで地域密着新聞に載ったらしい。
ミネラルウォーターのふたを回しながらそう付け足した。
彼の方に目を向ける。
髪の毛が寝癖でサイア人みたく逆立っていた。
あたしは、そうなんだ、楽ならいいじゃんと笑った。
彼はうん、まあそうだね、といったあとさらに言葉を重ねた。
何?あたしは続きを待つ。久しぶりにあった彼はなんだか痩せて見える。
やつれたといういい方のほうがふさわしいのかもしれない。
 現場監督はなにせ忙しい。現場をいくつも見まわらないとならないから。
「シャワーがさ、いまどき、さーもじゃないんだよ!」
 さーも?あたしの中には全く聞いたことのないはじめての単語だ。
「サーモン?サーモンって魚のサーモン?ほら、シャケ」
 彼の方に擦り寄り、腕を絡ませ疑問を投げかけた。
彼はあたしの方を横目でみやりつつじっと見つめた。
 口の端がややぎゅっと上がり、口を開く。
「お湯と水の蛇口が別だから、そのつど温度調整が面倒くさいんだよ。他のビジネスはサーモなの」
「あ、さーもって、蛇口のことなの?」
 あたしは驚きと感動を大いに表現し口にしながらスマホを手に取って、『サーモ蛇口』と単語を打ち込む。
 検索はすぐに出てきて、サーモの本当の呼称は
【混合栓サーモスタッド】
という、なんだかひどく意思の強そうな名前の代物だった。
「ん〜。これはまさに業界用語だね」
 あたしは、彼をみやりつつ口にした。
むろんはじめてきく単語だった。水道の蛇口にもちゃんとした呼称があるんだなぁと随分と納得をした。
 彼が作業着を脱ぎ始める。あたしはドキドキしていた。
浴室に向かいシャワーを浴び、ややしてから彼が出てきた。一言だけ放ち、ベッドに横たわる。
 暗黙の了解であたしもシャワーをしに浴室に入った。彼は歯磨きをするとき、なぜだかあたしのぶんも必ず出しておいてくれる。毎回そう。癖なのだろうか。それともサービス?
 彼にはほんのささいな時間しかあえない。体を重ねるだけの関係。人には絶対に知られてはならない禁忌な関係。
 彼には家庭がある。けれど、そんなことはどうでもいい。好きなものは好きなのだ。彼を失ったらあたしは廃人になりかねない。4年の月日がたつ。長いのか短いのかはたしてわからない。あたしたちがあえば傷つく人がいると知りながら磁石のSとMのように、なかなか頑丈に離れられない。
 ベッドに行くと彼が頭の後ろに腕を組みながらぼんやりテレビを見ていた。見ていたというより、そこに目を向けていたといった方が正解だ。
ただ部屋の電気がわりについていたテレビは、パチンコの台を打つだけのくだらないCS放送だった。
 ベッドにするっと滑り込む。彼は何も言わずしてテレビを消し、薄暗い中あたしの体をくまなく愛した。あたしも愛おしく背中と髪の毛を丹念に触り彼を舐めた。
 ゆっくりとしたセックスだった。声だけが絡み合った。

シーツの擦れる音。あたしの嬌声。彼の時折落とす悦の声音。世界にあたしたちだけしかいないと感じた。下半身がフワリと浮いた。あたしは腰を上げ仰け反り、白い蛇のようあごを天に向けた。
 彼はあたしの中ではてた。重なり合うあたしたちは離れたせつな、別々の人間に戻る。日常に。現実に戻る。
 離れたくなくてつながったまま背中に手を回しきつく、きつく、抱きしめた。忘れないように温もりだけを吸い取る。
 次はいつならいや来週とかあえるのかな?
 決して声にはしてはならない。
 いえば彼をひどく困らせるだけだから。
 不安とさみしさばかりがあたしの中にざらりと音を立てて流れてゆく。
 肩で息をしている彼の腕に巻きつく。彼の後方にある電球が彼の輪郭を浮かびあがらせる。
奇麗な横顔だと思う。切り取って持って帰りたい。眉を整えるハサミがかばんの中にあったなと不意に思いだしてくすっと笑いが込み上げる。
「あ、そういえばね」
 あたしはおもねた声を出し、彼の手を握る。手が汗ばんでいる。
 彼があたしの方を見る。しばらく見られない彼の顔。あたしは続けた。
「ここのシャワーさ、サーモンだったょ!」
 彼がニャリとしながらあたしの頭をそうっとなぜる。
「だから、サーモだから。サーモンは魚です」
「あ、そっかあ」
あたしはペロッと子どもじみた声で舌をだし彼にさらに引っ付いた。
 サーモンといったのは故意だ。
 きっと彼も承服しかねるしかなく、それ以上なにもいわなかった。
 あたしと彼は先がいっこうにない。
空虚な空気を埋めるには、冗談を言うしか術はない。

「サーモン」
あたしはまたつぶやく。彼には聞こえないように。
 遠慮がちに。つぶやく。
サーモン。だいだい色の綺麗なサーモン。

Barren love 不毛な恋たち 【全12回】 公開日
(その1)あめのなかのたにん 2020年4月29日
(その2)とししたのおとこ 2020年5月29日
(その3)おかだくん 2020年6月19日
(その4)つよいおんな 2020年7月31日
(その5)舌下錠 2020年8月31日
(その6)サーモン 2020年9月30日
(その7)シャンプー 2020年10月30日
(その8)春の雨 2020年11月30日
(その10)ワニのマフラー 2021年1月29日
(その11)ヘルスとこい 2021年2月26日
(その12)オトコなんてみんなばか 2021年3月31日