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長谷川 漣の何処吹く風 〜(その6)

長谷川漣

本来なら著者の写真を載せるべきですが、同居する両親が「写真は賞をとるなり何なりしてからにしなさい」と言うため今回は控えさせていただきます。
1976年生まれ。本とマンガをこよなく愛す。
大学卒業後、高校教師を5年間務めた後、会社員生活を経て現在は学童保育に勤務。その傍ら執筆活動にいそしむ。
自称「芸術にその身をささげた元社会科教師」。もしくは「北関東のトム・クルーズ」。

長谷川 漣の何処吹く風 〜(その6)

yes

 以前に比べてよく本を読むようになった。いくらか(といってもわずかなものだが)読んでみてわかったのだが、私が面白いと思う本には共通点がある。みな文体がシンプルでリズミカルだ。一文に形容詞が二つも三つもあったり、不必要に難しい言い回しがされていたりすると嫌になってしまう。主語と述語がはっきりしないのも問題だ。「良い小説とは、普通の教育を受けた者であれば誰にでも読めるものだ。」とサマセット・モームという小説家が述べている。私も賛成だ。文章であれ、家電であれ、良いものは常にシンプルだ。単純にそのほうがわかりやすい。
 さてここからが本題だが、ここまで述べてきた通り、文章は簡潔なほうが良いと仮定し、小説の無駄な飾りをそぎ落としてシンプルを極めた結果残るのは何か?
 題名を見て、勘のいい人はすでにお気づきと思われる。そう、オノ・ヨーコさんだ。ご存知の方も多いと思われるが、オノ・ヨーコとジョン・レノンのなれそめが以下だ。
 彼女の個展を訪れたジョンが、部屋の中に脚立が置いてあるのを見つけ、それに登ってみると、上から虫眼鏡がつり下げられている。天井を見ると小さく「yes」とあったそうだ。〇と書くか×と書くか、HelloにするかGoodbyeにするか、あるいはもっと突拍子もないものにするかは人それぞれでヨーコさんにとってはそれが「yes」だったわけだ。相手が誰であれ、何であれ、まずはその存在を肯定する。しかも虫眼鏡でわかるくらいにそっと優しく。そこからすべてが始まるんだというヨーコさんにジョンはハートをキャッチされたのだろう。素敵な話だ。
 オノ・ヨーコさんがそうだったように、小説も一つのメッセージなのだと思う。無駄をそぎ落とした結果残るものが誰かにとって優しいメッセージだと良い。そして私のこの文章もまた一つのメッセージだ。オノ・ヨーコさんに敬意を払って最後に「yes」と述べて締めくくりたい。

愛わがままに

 大学を卒業して就職浪人していたころの話。同じく就職できずに大学院に進んだ友人と仙台市内をドライブしていた。市内で一番大きな四つ角に停車した際の会話。私が「こいつはまさにヒューマンスクランブル!(『人間交差点』弘兼憲史著より)。」
と、つぶやくと、「僕らは今日も信号待ちさ。」
と、友人。
今思い返すとなんと親不孝なダメ学生だった事か。とても両親には聞かせられない。ただ、この友人、単なるダメ大学院生ではない。ドライブつながりで別の話もある。ある日、市内をドライブしていたら、道端に花束が手向けられていた。それを見た私が
「自己満足だな。」
と、言うと、友人はすかさず
「事故だけにな。」
と、答えた。私は、
「そうそうその通り!」
と思わず口走った。自分でも無意識のうちに口をついた言葉に対し、友人が間髪もおかずに返してきたので驚いた。
こいつの言語中枢はどうなっているんだ?
 その後どういうわけか、友人も私も他人を指導するような立場になった。ある時、故あって、この友人とのやり取りを授業で話したことがある。その際、
「その花を見て私は『〇〇満足』と言ったんだ。それを聞いた友人は『まさに〇〇だけにな。』と言った。さて〇〇に入る同じ音の二文字は何だかわかる?」
とクラスに問いかけた。周囲がきょとんとする中一人だけ
「わかった!《ジコ》だー」
と答えた生徒がいた。ある意味、鋭すぎる言語センスだ。鈍すぎるのもなんだが、鋭敏すぎると自らを傷つけることがある。普通の幸せを手に入れて欲しい。今思うと十代の生徒たちに対して厳しすぎる認識を迫ったのかも知れない。
「人は死んでしまえばそれまでで、それに花を手向けるのは結局のところ残された者の自己満足にすぎない。」
真理を悟ったような気になっていた。なんと驕り高ぶっていたことか。ただあのころ我々は若かった。というより幼かった。あの時の事故の犠牲者と遺族の方々にはこの場を借りて心からお詫びいたします。申し訳ございませんでした。それとは別に歴史の授業としては一つ疑問が残る。
「なぜ、いつごろから人は死者に花を手向けるようになったのか?」
それまでは死んだら終わりだった。泣いてもしょうがなかった。しかしいつの頃からか残された者はそれに納得できなくて、花を手向ける事で自分の気持ちにけりをつけたのだろう。その意味で人は《わがまま》になった。
しかし、この《わがままさ》が人の「人らしさ」なのではなかろうか?もしかすると、そのころ(およそ二十万年前)《ヒト》は《人》になったのかもしれない。そんなことを考えた。あのころ友人も同じような事を考えていたのかもしれない。でなければあんなにさらりと返せなかったろうから。・・・深い奴だ。

~愛わがままに~