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物語と現実 〜 物語と現実(その12)

秋章

大阪府生まれ。小説を書き出したきっかけは、学生時代周りの友人が小説を書いていることを知り、自分も書いてみようと思ったこと。

物語と現実 〜 物語と現実(その12)

「何よ? 今いいところなのに」
「何よ、じゃねぇだろ、何だよこれ? 何で俺が死んでいることになっているんだよ! おかしいだろ。」
「別におかしくないじゃない。」
「いやいや、じゅうぶんおかしいから。いくら小説でも勝手に殺すな!」
「えー、別にいいじゃない。それに普通の恋愛小説より、こういう哀しい話の方が結構女の子には人気があるんだよ」
「……へえ、そうか。人気を得るために薫は好きな男を殺すんだな」
「そういうつもりじゃ……」
「じゃあ、いったいどういうつもりで俺を死なせたわけだ? ちゃんとした理由を聞かせてもらおうか」
口元は笑ってはいるけれども目が笑っていない。そんな圭介の様子を見て私は、おそるおそる尋ねてみた。
「……圭介。その……もしかしなくても、怒ってるの?」
私の質問に対し、
「薫は俺がこの小説を読んで怒らないと思っていたのか? というか、俺が何に対して怒っているのかちゃんとわかっているのか?」
静かに言う圭介。それだけで彼が怒っていることが伝わってくる。
「えっ、えーとっ。圭介。あの……」
「何だよ」
「えーっと、あの……」
(とにかく謝らなきゃ!)
と、思ったものの、どう謝ったらいいのかわからない私は、しどろもどろになってしまった。そんな私を見てため息をついた圭介。
「はあ。薫、もういいよ」
「えっ? もういいって、どういうこと?」
「今、謝ろうとしてくれたんだろ? それだけで気持ちは伝わったから、怒るのも勘弁してやる」
「うん。ありがとう」
「けど、一応言わせてもらうと……」
「なぁに?」
「落ち着いて聞けよ。悲しい小説が人気なのもわかるけど、勝手に俺を殺すことはないだろ? それに亡くなる前に薫と別れるシーンなんてどう考えてもおかしいだろ? 俺が今までそういうことしてきたか? してないだろ。どうしても断り切れなくて合コンに行ったことはあるけど……けど、それも前もって連絡してただろ? 一次会だけで帰ってきたし……俺が薫以外、眼中にないってことくらいちゃんとわかってるんだろ?」
「うん。わかってる。私も同じだよ。私も圭介以外眼中にないよ」
「なのに、何で小説では全く違う方に書くのか意味がわかんねぇ。好きな相手でも平気で死なせるとかさ。俺がそれ読んで、傷つかないとでも思ってたのか?」
何回も同じことを繰り返す圭介。けれど圭介が今言ったことは一つも間違っていない。役者さんで殺される役ならまだしも、小説の中とはいえ、誰だって自分が亡くなるなんて嬉しいはずがないのに……そんなことにも気付かずに小説を書き続けていたなんて。
(私、バカだ。こんな当たり前のことにも圭介に言われるまで気付かなかったなんて……)
圭介の話を聞いてようやく罪悪感を持った私は改めて圭介と向き合った。
「圭介。ごめんなさい」
そう言って私は頭を下げた。圭介はしばらく何も言わずに、下げた頭をポンポンと優しくなでてくれた。
「圭介?」
思わず顔をあげると
「……わかったよ」
言いながら圭介は私に微笑んでくれていた。

実は、これまでのお話は全部私が書いた小説のこと。
実際の私たちはというと……結婚して、幸せな毎日を送っている。圭介と結婚した私は小説好きの親友から、一度小説を書いてみないかと誘われたのがきっかけで書いていたんだ。ちなみに、小説を書こうと誘ってくれた親友というのは、高城 優さん。小説の中では職業は秘密にしているけど、実はプロの作家さん。年齢は今の私たちと同じ二五歳。
作家、城優こそ高城 優さん。私が書いている小説の中で、城優さんの作品を何作か紹介してみたけれど、本当にこの人の書く小説は面白い。普段は優君って名前で呼ぶんだけど、プロの作家さんだから小説のことになると、厳しくなってしまうので小説の話をするときは「さん」づけになってしまうの……。あっ、念のために言っておくけど、小説の中では私と高城さんは恋人同士になったけど、実際はそんなこと全くないから。なぜかと言うと……実は高城さん今はアメリカに住んでいるので会うのは年に一、二回ぐらいなの。しかもやりとりのほとんどが国際ビデオ通話を使っているの。
ちなみに、圭介は私が小説を書いていることを今日まで知らなかったんだ。まあ、私が隠していたんだけど。だから今日初めて読んで突っ込んでいたっていうわけ。
本当は他にもいっぱい書きたかったけど……さっきの圭介の話を聞いたあとで続きを書くのはできないから書くのはこれでおしまい。

私はふと「圭介」と呼んでみた。
「どうした?」
「あのね……小説では、死んでしまうことになっているけど……」
「その話、まだするのか?」
圭介は少し不満そうに言った。
「違うの。怒らないで最後まで聞いて」
「……わかった」
「小説では、死んでしまうことになっているけれど、現実では……」
「現実では……何?」
「突然いなくなったりしないでね」
言葉にすると不安になってしまった。けれど圭介は……。
「当たり前だろ。俺が薫を置いてどっかに行くわけないだろ。どこに行くにしたって薫と絶対一緒だから」
笑いながら言ってくれるので、不安なんてすぐに吹き飛んでしまった。
「薫。大好きだよ」
言いながら優しく、徐々に力強く抱きしめてくれる。それはまるで離さない、そばにいると訴えるかのように。
「私も。圭介のことが大好き」
私がそう返事をすると、顔を近づけながら圭介は呟いた。
「愛している」と。
そして……そっと優しいキスをくれた。

物語と現実 【全12回】 公開日
(その1)物語と現実 2019年4月11日
(その2)物語と現実 2019年5月10日
(その3)物語と現実 2019年6月26日
(その4)物語と現実 2019年7月3日
(その5)物語と現実 2019年8月26日
(その6)物語と現実 2019年9月6日
(その7)物語と現実 2019年10月4日
(その8)物語と現実 2019年11月1日
(その9)物語と現実 2019年12月6日
(その10)物語と現実 2020年1月10日
(その11)物語と現実 2020年2月7日
(その12)物語と現実 2020年3月6日