著者プロフィール                

       
〜 北海の大地にて女のロマンを追え(その3)

高津典昭

昭和32年1月7日、広島県三原市生まれ63歳。
昭和54年陸上自衛隊入隊。その後、職を転々として現在故郷の三原に帰り産業廃棄物の分別の仕事に従事。
平成13年2級土木施工管理技士取得。
平成15年2級舗装施工管理技士取得。
執筆活動は土木作業員の頃から。
本作は「伊東きよ子」のヒット曲「花とおじさん」が私の体験によく似ていると気づき、創作意欲が湧いた。

〜 北海の大地にて女のロマンを追え(その3)

 3日目のバスは出発し、国道230号を北進、ニセコを目指した。途中、サイロ展望台に立ち寄った。ここからの洞爺湖の眺めは、テレビ画面を通してよく目にした眺めだ。有珠山噴火で多くのマスコミ陣が選んだ場所で絶景を一望し、洞爺湖に別れを告げた。遊覧ヘリコプターが飛び去っていた。

 バスは羊蹄山の南麓を巻くようにして西に向きに変えた。道内一の遊園地その他、遊びのメニューいっぱいのルスツリゾートの手前で左折したのだ。途中、細川たかしの故郷、真狩村には細川たかしを讃える碑があった。

 富士山のような成層火山の羊蹄山の先に、玉ねぎのような、少し異様な形をした山が見えてきた。頂上が2つある。スキーのメッカニセコアンヌプリだ。国道5号線を横切る時、羊蹄山とニセコアンヌプリが兄弟のように右と左それぞれそびえ立つ。さらに、バスはニセコアンヌプリ中腹に向かった。

 ニセコひらふスキー場に到着した。ただし、スキー場はすでにクローズしている。このツアーの目玉はラフティングだ。ただし、自由参加なので、添乗員は参加者を募り、案内した。きのう、バスの中で敦子とけんかした京子と健さんは不参加だ。田中さんは健さんを誘ったが、

「ニセコお花畑でのんびりしたい」

と言われた。

 道内一のアウトドアレジャーエリア、ニセコならではの人気メニューである。敦子と田中さんは、

「私にもできるかしら?」

と、最初は不安だったが、元気な聖美ちゃんが一緒だし、プロガイドはオーストラリア、ニュージーランドからやって来た楽しい人達ばかりだ。安心して挑戦することにした。

 美女3人組と、昨日バス内でけんかした京子の夫である高須は同じラフティングボートで出発した。雪解け水で増水した激流を下るレジャースポーツはスリル満点だ。大きなゴムボートに乗り込み、皆で息を合わせて下るラフティングは笑いが止まらないほど楽しい。連帯感がたまらない。

 この楽しいレジャースポーツの最中ついに事件が起こった。コース最大の難関の激流にさしかかった時だ。〝ザッパーン〟と大きくバウンドしたゴムボートから、一人の男が落水したのだ。高須だ。

「助けてくれー。泳げないんだー」

 同乗しているプロガイドが救命ブイを投げた。しかし、何者かによってロープが切断されていた。重みがないのでロープは遠くに飛ばなかった。高須に届かない。しかも、何者かによって、高須の身につけているライフジャケットが吸水性の素材の物にすり替えられていた。高須は、みるみる水を吸っていくライフジャケットの重みと激流で、ほとんど沈みかけている。事態は一刻を争う。

「助けなきゃ」

 正義感の強い聖美は頭をかかえて嘆いているプロガイドをしり目に、無心で自分の櫂に切断されたロープを結び、高須をめがけて投げた。鮮やかな放物線を描いた櫂は、高須の背後に達した。

「早くかいをつかんで!」

 溺れて意識が薄れていた高須は、この天使の声に目がさめたかのように死にものぐるいで櫂をつかんだ。

 この緊迫した状況の中、聖美ちゃんが、櫂を投げた瞬間、

「櫂は投げられた」

「ブルータスおまえもか」 「来た、見た、勝った」

と古代ローマ帝国の名言集を乱発する周囲の叫び声が聞こえた。後方から来た次の艇の客だ。あの、早稲田大学ばんざい同盟の連中だ。高須が櫂をつかんだ瞬間、

「ばんざーい。ばんざーい」

を連呼する。聖美ちゃんは再会の喜びとともに、彼らの応援を快く思いロープを思い切り引いた。ばんざい同盟とは、新千歳空港で別れていたが、まさかここで再会するとは。このラフティングは、バンザイ同盟のチームワーク強化のため合宿のメニューに組まれていたのだ。

 激流だ。聖美ちゃんのたくましい上腕二頭筋がうなった。負荷が激しく肩にかかる。敦子と田中さんもこの救助作業に加わった。さっきまで頭を抱えていたプロガイドはこの美女3人組の活躍に、突然元気をとり戻し、その他の客に対して、

「今こそ、我々のチームワークを発揮するのだ」

と発し、乗客全員で高須の命の綱を引っぱった。

「オーエス、オーエス!」

 プロガイドは、あまり疲れるのはいやなので、号令をかけることに終始した。

 そして、高須の腕がゴムボートに達すると、聖美ちゃんが一気にゴムボートに引き上げた。

 その瞬間、この川岸の林の中から、男達の歌声が聞こえてきた。歌声はどんどん近づき、彼らは姿を現した。

 ♫やった、やった、聖美が救えばー、世界は変わるー♪

 裸族だ。男性器を葉っぱ一枚で隠しているだけだ。未だ文明人と接触のない未開の先住民が、このようなニセコ山系に生息していたのだ。たまたま、この艇に同乗していた。大学教授の民族学者が、

「彼らは、はっぱ隊である」

と説明した。

 さらに狂喜乱舞は続く。酋長と思われる〝ナンバラ〟と名乗る者が、さわやかに登場し、

 ♫はっぱ一枚あればいい、生きてるだけでラッキーだー♪

と、はるか空を見上げて踊る。人命救助した聖美ちゃんを讃えているのだ。〝ナグラ〟と名乗る者の顔のホリは深く、まゆは濃い。このはっぱ隊はまちがいなく北海道の先住民だ。開発されつくした日本。この時代にまだこのような民族がいたのだ。北海道に未開の先住民がいたのだ。

 なお、聖美ちゃんはこの救助作業中に肩を痛めた。プロガイドはこの聖美ちゃんの栄誉に対し、

「痛みに耐えてよく頑張った!感動した!おめでとう!」

とガイド賞を贈呈した。聖美ちゃんは、この賞を天高々とさし上げた。

「ばんざーい!ばんざーい!ばんざーい!」

 ばんざい同盟の祝福の嵐に合わせ、はっぱ隊が踊り歌う。

 ♫やった!やった!聖美が救えばー、世界は変わるー、はっぱ一枚あればいいー、聖美がいればハッピーだー♪

 全員、はっぱ隊から渡されたはっぱを身につけ踊った。この晴れやかな門出に際し、高須の落水事故は何事もなかったように忘れ去られ、みんな、北の先住民との交流をはかり、ばんざい同盟の今後の方向性などについて語り明かした。

 スリルと興奮と感動のフィナーレでラフティングを終えた一行はラフティング不参加者達のいるニセコお花畑に向かった。そして、野生の花があたり一面に咲き香るニセコ高原を散策した。そこでキタキツネと出会った。冬は雪に覆れているため栄養不足のようで、やけに腹周りが細かった。北海道では、どこにでもいる動物だそうだ。

 しばらく歩いていると、敦子は男から声をかけられた。もしかして私もロマンスなの?と期待し、

「えっ」

と振り返ると、先ほどの落水者だ。敦子のけんか相手の夫だ。

「先程はどうもありがとうございました。高須と申します」

「奥さんとご一緒じゃないんですの?」

「気分が悪いのでバスに戻りました」

 あいさつをすませると、身上話を始めた。内容は、この大自然にふさわしくないドロドロした話だ。この夫婦は仮面夫婦ですでに別居中なのだ。妻の名は京子。こんな2人がツアーに参加したのは、互いの親同士が、関係を修復させるために申し込んだのだ。京子は、

「夫と同じ空気を吸ってるのもいや」

と言って実家に帰っていたのだが、この夫婦それぞれ参加を決めたのは、それぞれに思惑があるからなのだ。高須は小さな建築設計事務所の社長であり、仕事上の理由で取引先とのパーティーの席など、夫婦の形式だけでも維持しておきたいのだ。だから妻からの離婚のさいそくにも決して首を縦にふらないでいるのだ。

 高須は身上話を続けた。自分の不利になる事はいっさい言わず、自分の置かれている立場のつらさや、妻の悪口などをとつとつと語った。実は高須は敦子のタイプだった。ツアーの最初からそう思っていた。だから、高須のめめしい話に親身になって聞いてあげた。聞いているうち、高須がかわいそうにさえ思えてきた。私が奥さんに変わってあなたをいやしてあげたい、そう思っていた。不倫という甘く淫美な世界に落ちそうだ。

 そのとき、木の影から2人を見る鋭い視線が。高須の妻、京子だ。バスに戻ったふりをして、実は高須の後をつけて来たのだ。何をかくそう、高須がこのツアーに参加したのはツアーにかこつけて最近、出会い系サイトで知り合った札幌の女性を尋ねて来たのだ。この事は京子に知られていない。女性の勘だ。夫の浮気のしっぽをつかみ、離婚調停の決め手とするために参加したのだ。

「慰謝料むしり取ってやる」

 事件の香りがたち込めてきた。敦子の身にこの先何かが起こるのだろうか。しかし、京子は最終的に慰謝料が目当てのはず。まさか殺意はないのでは?関西のミュージシャンはそうでもないが田中さんの彼氏(健さん)の訳ありげな後姿も気になる。どうなるこの先、美女3人組の運命は?

 バスはニセコお花畑を出発し、ニッカウヰスキーで有名な余市町を通過した。左手に日本海を見ながら小樽に向かった。道中、蘭島や塩谷の浜辺の景色が良かった。国道5号線の長橋トンネルを抜けると突然、一面に街並みが広がった。久々の都会だ。このツアーは前半、自然と温泉をメインにしていたので、そろそろ町が恋しくなる時期である。うまい構成である。稲北十字街を右折すればJR小樽駅だが、ここは直進し、海(小樽港)に向かった。Y字路が近づいてきた。そう思うやいなや、そこはもう小樽運河だ。

「レトロー」

「突然現れるのねー」

「タイムスリップしたみたい」

などと言いながらバスは龍空橋の先の駐車場に止まり、一行は異国情緒漂う小樽運河を歩いた。

 運河のほとりに立ち並ぶ石造りの倉庫群。御影石が敷き詰められた運河沿いの散策路には、63基ものガス燈が立つ。特に運河の北側は北運河と呼ばれ、昔ながらの風景を見せている。そんな情緒豊かな小樽運河だが、不似合な音が聞こえてくる。ストリートミュージシャンが意外なほど多い。

「わしらも、昔はこないなかったんやで。聖美ちゃん」

「せや、自分、音はずしてばっかりだったやん」

「うそや、自分かて」

 昔の話になると、とたんに気の合うグループだ。

「あの頃は、金ないけど、夢だけはごっつうあったねんなー」

「あほか。今かて金ないやんけ」

 この和気あいあいとした状況に、

「もう一度、初心に返ってやってみたら」

と聖美ちゃんは提案した。

「冗談言わんといてんかー」

「うちかて、もういややわー」

と言いながら、まんざらでもないようだ。

 この頃、美女3人組はすでに別行動になっていた。田中さんは、ごく自然に健さんの腕を取り、2人で浅草橋から人力車に乗った。人力車に揺られながら、田中さんのリードで『小樽の人よ』を歌いながら寄り添った。

 敦子はというと、とっくに高須に恋心を抱いていたのだが、不倫はまずい。京子の視線があるのでどうすることも出来ない。歯ぎしりしながらの見学だった。

 一行は、ガイドを先頭に堺町通りを歩いた。通りの山側は、かつて小樽が〝北のウォール街〟と呼ばれた名残である銀行・商社などが建ち並ぶ。戦前は、札幌よりも小樽が北海道の経済の中心だったのだ。ツアーの一行と少し離れて歩いていた敦子が、突然声をかけられた。寿司店の客引きだ。それに気づいた高須がかけ寄り、

「ツアーですから」

と断わった。最近、観光客からの苦情が多いキャッチ寿司だ。港小樽といえば寿司。寿司屋横丁と言うものがある。しかし、甘い言葉には要注意だ。敦子は高須が来てくれて嬉しく思ったが、そのすぐ背後から、

「あなた、女だったら誰にでも親切なのね…」

と京子がなじったので、高須はその場から離れた。敦子にはうっとおしい存在だ。

 そして一行は北一硝子三号館に入った。石造りの古い建物の三号館が一番大きく、北一ホールは同じ建物にある。167個の石油ランプが灯る幻想的なホールだ。約10万種類ものガラス工芸品が勢揃いして思わずため息がもれる美しさだ。石油ランプ、食器類、アクセサリー、小物などが目を楽しませてくれる。

「かわいー」

「あ、これかわいーね」

という声が館内にあふれた。

「かわいければいいのかー」

 健さんはつぶやいた。美女3人はそれぞれショップでおみやげを買った。この時、聖美ちゃんは、田中さんの渋い彼氏(健さん)が高須に対して、鋭い視線を送っている事に気づいた。

「田中さん、危険よ。健さんは、実はホモなのよ…」

と言ってあげたいくらいしつこくくらい見ている。

 その時だ。

「ガッシャーン」

と大きなガラスが割れる音がした。天井の大きな石油ランプ(シャンデリア)が、一人たたずむ高須の目の前に落ちてきた。あと数センチ後方だったら高須は死んでいたかもしれない。腰を抜かして動けない高須のもとに、

「大丈夫」 とかけつけたのは、妻ではなく敦子だった。


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