著者プロフィール                

       
〜 北海の大地にて女のロマンを追え(その9)

高津典昭

昭和32年1月7日、広島県三原市生まれ63歳。
昭和54年陸上自衛隊入隊。その後、職を転々として現在故郷の三原に帰り産業廃棄物の分別の仕事に従事。
平成13年2級土木施工管理技士取得。
平成15年2級舗装施工管理技士取得。
執筆活動は土木作業員の頃から。
本作は「伊東きよ子」のヒット曲「花とおじさん」が私の体験によく似ていると気づき、創作意欲が湧いた。

〜 北海の大地にて女のロマンを追え(その9)

 ところで、なぜ、拘置所にいるはずの健さんが出てくることが出来たのであろう。それは、昼間の話に戻る。

 殺人未遂容疑で逮捕された健さんは、地検の取調べを間近にむかえていた。愛した女、田中さんのため、敦子を救うつもりで、〝高須典雄殺人事件〟も、

「自分がやりました」

と自供するする腹積りだった。

「どのみち、高須は、俺の手で殺していたんだから」

 そう思うと、以外にさばさばしていた。すでに前科2犯だ。へたすると無期懲役かもしれない。

「でも、田中さんと敦子さんのためになるのだったら本望だ」

 そう心に決めたのだ。

 そんな時、拘置所の中の健さんに一枚のメモが届けられた。田中さんからだ。田中さんは健さんに会いたかった。しかし、ここは面会謝絶なので、道警本部の署員にメモを渡してもらうよう頼んだ。内容は、“あなたが殺人者じゃない事は信じています。今、聖美ちゃん達の〝敦子奪回作戦〟で有力な犯人の手がかりをつかんでいます。大通り周辺が遊び場のチーマーが犯人だと思います”

といった内容の文だ。田中さんは、

「健さんは殺人の罪までかぶってしまう」

と健さんの性格を見抜いていたのだ。惚れた男を、どうしても殺人者にしたくない。

 健さんは、そのメモを読んで気が変わったのだ。不正を許せない健さんだ。

「敦子さんに罪をかぶせた野郎、許さん」

 そして、それがチーマーというのがさらに許せない。

 その日、ちょうど、旭川署の刑事部長である山崎義和という年配の刑事が、〝高須典雄殺人事件捜査本部〟を尋ねて来ていた。というより、健さんに面会に来ていた。この年配の刑事さんは、健さんが、昭和55年、小樽市花園の組長襲撃事件で容疑者になった時の、担当捜査官だったのだ。〝山さん〟と呼ばれ、その後、めきめきと頭角を現わし、道警本部にいた頃は、凶悪犯を次々に手がけ、〝鬼の山さん〟と、内外から恐れられた男だ。現在は、旭川署で部長刑事となっているが、

「健さん?」

と聞いて飛んで来たのだ。

 健さんは、山さんと昔話しでお茶を濁した後、無理を承知で山さんに、

「私に、明日、一日。いや、半日でいいから自由な身にして下さい。有力な真犯人の情報をつかんでいるんです」

と言ってメモを渡した。山さんは、この非常識な訴えに、なぜか承知した。

「健の奴、何かつかんでいるな。こいつを泳がせておけば、真犯人を道警の名誉にかけて逮捕できる…」

 山さんのカンは鋭い。捜査本部に行き、本部長に訴えた。

「山さん、何を非常識な事言ってるんですか。奴は殺人鬼ですよ。血の味を覚えた凶悪犯だ。放り出すと何をするかわからん。今度ばかりは、山さんの頼みでもきけません」

 この本部長は警察学校の捜査講習で山さんから教育された教え子だ。

「今回の件で、健が逃亡、もしくは罪を犯したら、全責任は私がとる」

 この山さんの一言に、捜査本部は揺れた。

 結局、

「山さんが、そこまでおっしゃるなら」

と健さんの手錠がはずされ、今晩、一晩限りの自由の身となった。そして、大通り周辺を歩き回るうち、チーマーに追われて逃げていたヒロシと出会い、現場に急行したという次第だったのだ。

 健さんと聖美ちゃんを閉じ込めた暴力団の車は、現場を出ると、2~3分で止まった。そこは、すすきのの裏通りのビルの一角だ。チーマーたちは、この暴力団をバックに、普段、遊んでいられるのだ。助けを求めて呼びに行ったチーマーも、そこにいた。先輩が組員なのだ。

 聖美ちゃんと健さんは車から放り出された。

「すまない。俺は、迷惑ばかりかけてしまって…」

「しかたないよ」

 2人が連れて行かれた先に〝伝景田組〟の看板がかかっている。

「伝景田じゃないか」

「健さん、知っているの?」

「ああ」

 健さんが若い頃、広島の反山中組勢力、剛政会系伊山組から旅に出されていた伝景田組だ。昭和55年、山中組北海道侵攻作戦を阻止した抵抗勢力の一つである、札幌すすきのに根を張る暴力団だ。

 事務所の中に入れられた2人を待っていたのは伝景田組の組員達だ。中で一際、目を引いたのが、奥の机に後向きにどかっとすわっている者だ。伝景田組の若衆頭だ。振り向きざま、彼は、

「とーしろうが。いきがってんじゃねーぞ」

と怒鳴った。聖美ちゃんは、今まで自分が戦ってきたチーマーや、暴力団とは全然、格が違う。本物のやくざの迫力にびびった。

 とり巻きの組員達は、

「頭、この2人どう始末しましょうか?」

と言いながら、2人に向かって、

「生きて帰れると思うなよ」

とせまってきた。

 聖美ちゃんは、もう助からないかもしれないと思った瞬間、健さんが、若衆頭に向かって言った。

「吉野!わりゃあ、えろうなったんじゃのう」

 若衆頭は、見ず知らずの男から自分の名前を言われたので驚いたが、あの広島弁…まさか、札幌にいたとはと気づいた。

「兄貴!なつかしゅうございます」

「おう、吉野、やっと気がついたんか」

 聖美ちゃんは、意外な展開に、きょとんとしながら2人のやり取りを聞いていた。とり巻きの組員達も、どうしたらいいのかわからなくていた。

「兄貴が服役後、堅気になられたそうですね。兄貴の苦労に比べたら…とんでもないですよ」

 聖美ちゃんも組員らも、何も言えないような見事な展開だ。

「そこまでだ、健」

 部長刑事山崎が事務所に入って来た。山さんは、健さんを泳がせた。彼の直感どおり健さんはしっかり犯人の手がかりを握んでくれた。山さんも健さんも、お役目御免だ。

「健、おまえの望みどおりになって良かったな。後の事は、所轄の警察に任せろ。この少年達は、とりあえず傷害容疑で補導する。それにしても、おまえのバカは治らんな。バカは死ななきゃ治らない。ある意味、おまえは、精神病理学で言うところの潔癖症なんだろうな。おまえのような、純粋培養されたような、潔癖症の人間は、今の世の中、生きていけないのかもしれんな。生存能力が弱すぎるよ」

 そう言い残すと、山さんは部屋から出て行った。

「会いたかったです。それで、今、どこに住んでおられるんですか?」

と尋ねた。とり巻きの組員達は、2人の処分を急ぎたかったのだが、その組員らに向かって吉野は、

「おう、メモとペン持って来い」

と怒鳴ったので、言われるままにするしかなかった。吉野は健さんに現住所を尋ねた。健さんは、

「わしの住所か。複雑じゃけえよう聞いとけよ。北海道…」

「はー、北海道にいらっしゃるんですか」

「網走市、網走…」

「刑務所の町じゃないですか。それで、番地は?」

「番外地…」

 そこまで健さんが言ったところで吉野は、

「えー、また服役なさるんですか?堅気になられたんじゃあ?」

「わしが住む場所は、そこしかあるまあが」

「何を言うとられるんですか。俺にできる事がありましたら何なりと申し付け下さい」

「かばちゅうたれな。われは、そがあな心配せんでもえんじゃ。そがあな事より、われの顔つぶしてしもうてすまんかったのう」

「そんなことないですよ。兄貴のお役立てたようで良かった」

山さんと入れ替わりに、所轄の警察隊が事務所に突入した。

「ぐずぐずしてないで行くぞ」

と言いながら健さんは手錠をかけられた。健さんは、山さんにも聞こえるように、

「私のわがままを聞いていただき、ありがとうございました」

と深々とおじぎをした。

 そのようすを見ていた聖美ちゃんは、

「待って、おまわりさん。この人、いい人なの。話を聞いて」

 聖美ちゃんの叫びもむなしく、健さんは警察隊に連行された。聖美ちゃんは後を追いかけた。パトカーに乗せられると、もう何も伝えられなくなってしまう。とにかく何かを伝えたかった。

「田中さんは、いつまでも待ってます。健さんが刑期を終えて出所した時、家のベランダに桃色のハンカチを干して)待ってると言ってました」

と去って行く健さんの背中から叫んだ。

 健さんは、一度振り向き、

「誰ですか?田中さんて?それに、あんたも知らない人だ。早く帰って、まわりの人達を安心させてあげなさい。お嬢さん」

 健さんは、聖美ちゃんと田中さんを巻き込みたくなかった。

 警官隊は、早く署に戻って調書とか書類が忙しいのでいら立った。

「何、かっこつけてんだ、犯罪者のくせに。早く歩け!」

と健さんのけつを蹴とばしてパトカーに乗せた。

「健さーん」

 聖美ちゃんは、去って行くパトカーに叫び続けた。

 その後、補導された少年達は、下水管の中のナイフ等から採取された指紋によって、高須殺しの真犯人の証拠が上がり、源景田組(の下部組織)という後ろ盾を失い、もう、自白するしかなかった。結局、全て自供し、〝高須典雄殺人事件捜査本部〟の看板もはずされ事件は解決した。

  それまでの間、敦子は、不眠症におそわれながらも、

 ♫時計台のー、下で会ってー。私の恋はー、始まりましたー♪

と何度も何度も歌い、つらさをのり切ってきた。しかし、もう限界だった。密室と取締室の恐怖からのがれるため、うその自白を決意していたのだ。耳鳴り、どこからか声がする恐怖、眠れないつらさ。

「高っちゃんは殺されたんだ。私なんかより、もっとつらいんだ。私は純愛を貫こう。明日、朝一番で自白しよう。高っちゃんと同じつらさを私は刑務所で味わうんだ。一生、犯罪者のレッテルを貼られても、高っちゃんのつらさと共に生きていこう。それが純愛を貫くということなんだ」

と一人腹をくくった。

 状況は一変した。敦子が自白を決意した朝、敦子の無罪が決定され、釈放された。敦子は、冤罪をかぶせた警察に対して恨みと復讐しか持っていないが、拘留期間、心身共に疲れ切っていた。よたつきながら道警本部の玄関先まで歩いて行った。

その日、田中さん、聖美ちゃん、3CNの3人が、その道警本部玄関前に集合していた。そこに、くたくたの敦子が姿を現わした。

「おめでとー」

 みんなからねぎらいの祝福の声が上がった。敦子は、いままでの苦労やつらさや疲れが一瞬にして吹きとび、ピースサインをオーバーアクションで、それに答えた。

 その瞬間だ。どこからともなく早大バンザイ同盟が現われた。今日が、合宿最終日だそうだ。

「ばんざーい、ばんざーい、ばんざーい」

をくり返した。

 さらに、どこからともなく、前に聴き覚えのある音楽を鳴らしながら

 ♫やった!やった!聖美が救えばー。世界が変わるー。聖美がここにいればいいー。生きてるだけでラッキーだー♪

 葉っぱ隊が登場し、祝福の歌と舞を披露している。道警本部の周辺は、北海道庁、石狩支庁、北海道議会議事堂などの官庁や、HBC北海道放送、STV札幌テレビなどのマスコミ各社、さらにホテルが集中している。まわりのビジネスマン・役人・OL・観光客・報道マン・主婦たちは、みんな、この葉っぱ隊の歌に合わせて踊っている。

 さらに、早大ばんざい同盟から依頼を受け急きょ、来道した、早大胴上げ同好会が美人3人組のまわりを囲んだ。敦子・田中さん・聖美ちゃんが次々に胴上げされた。

 テレビ局が近かった事も幸じて、3CNと葉っぱ隊に注目した。そして、地元の一大事とばかりに足寄在住の松島千春が駆けつけていた事も、3CNにはラッキーだった。まさに〝聖美がいればラッキーだー〟地元テレビ局と松島千春の力により、3CNと葉っぱ隊のユニットが達成され、メジャーデビューする事になった。プロデューサーは松島千春である。

「君達とは、どこかで会ったような…。そういえば全日空機の中で、聖美ちゃんに突っ込まれたべや」

 以前、面識があったのもラッキーだった。

「聖美ちゃん、おおきに、おかげで念願が叶うた。うれしゅうて、もう感謝の言葉も思い浮かばへんわー」

「何言ってんの。今まで手伝ってくれたお礼よ」

 どこまでも、人にやさしい聖美ちゃんだ。

 その後、弁償してくれると知った北一硝子の社長や、ラフティングの社長も姿を現わし、全日空のパイロットや添乗員、バスガイド、運転手、すし屋横丁の呼び込み、大通り公園のとうきび屋、登別の熊たちが次々に姿を現わし、〝敦子奪回作戦〟成功の美酒に酔った。このふるまい酒の金の出どころは、保険金を受け取った京子だった。あれほど嫌っていた、きんきん声の敦子の事だが、犯人が確定したため、保険金が決定したから、お礼だ。吉野は遠くからこの情況をながめ、男泣きに泣いた。

「兄貴は、一瞬でも、このすばらしい美女3人とふれ合えて幸せだったんだ」

 旭川署に帰ったはずの山さんも、遠まきにながめつぶやいた。

「警察は、情を欠いてちゃ生きていけねえんだよ。」

と今の警察の実状を憂いた。

 〝敦子奪回作戦〟は大成功し、札幌市民など多勢の大衆に支持され、

「キヨミ!キヨミ!」

のシュプレヒコールの中、ついに、その感動のフィナーレを向かえた。

 美女3人の友情、それに答えた3CNや健さん。中でも、際立ったのが聖美ちゃんの不倒不屈の心。みんな聖美ちゃんの魂の心に動かされたのだ。純愛が実らなかった敦子と田中さん。相手はどうあれ、今回のツアーで得た物は大きい。

 美女3人組の友情よ、永遠なれ!

 そして、北海道の憧れの観光地よ、永遠なれ!  

              <おわり>


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