書籍を愛する人がそれらをコレクションすることはままありますが、購入した膨大な書籍の保存や管理は、これまた大変な労力を要します。
1475年に設立されたヴァティカン図書館は、世界的にみても貴重な書籍を所有しており、書籍の修復部門が設けられたのは、20世紀に入ってからでした。科学者でもあった聖職者たちによって、古い書籍も理論的に修復される時代を迎えるのです。
しかしながら、修復については常に議論が起こり、明確な規範を作ることができない難しさがあります。
書籍の修復の痕跡を探ると、16世紀のローマ教皇シクストゥス5世の時代にさかのぼります。教皇の個人的な秘書が、書籍の劣化やインクの色落ちに対処していたという記録が残っているのです。また、劣化を防ぐために定期的に埃を落としたり、小麦粉を主原料とする接着剤で書籍を補強していた記述が残されています
1753年には、古代の本に関する専門家であったアントニオ・ピアッジョ神父が、ポンペイやエルコラーノで発見された巻物をほどく技術を生み出しています。
特に高名な修復専門家といえば、1895年から1914年までヴァティカン図書館の館長であったフランツ・エールレ枢機卿があげられます。彼の主張が画期的であったのは、書籍はそれぞれの紙やインクの素材から修復方法や保存法も臨機応変に対応すべきであるとした点にありました。つまり、修復や保存のためには1冊ごとの調査が必要であると主張したのです。
エールレが図書館長であったころ、トリノの古文書館で火災が発生し、書籍や古文書が大きな被害を受けるという事件が発生しました。この時の書籍の修復に、化学分析をもって修復処置をしたのが有機化学の大家イチリオ・グアレスキでした。
それまでの修復といえば、古代の遺物や絵画や彫刻に重きを置かれ、書籍は副次的な存在でしたが、20世紀に入ってようやく、このエールレやグアレスキによって、書籍も最新の修復技術の恩恵を受けることになったのです。
書籍の修復は、書籍に大きな負担をかけるため、それを行わないに越したことはないとされています。科学者は書籍の保存のために修復に賛同しても、歴史家はその書籍の歴史性を損なうという理由から反対されるケースがあります。
たとえば、過去の修復には失敗例もあります。18世紀の枢機卿アンジェロ・マイは書籍の愛好家で、劣化した書籍のインクを見えやすくするための処置を施しました。ところが、この薬剤がインクや紙と化学反応を起こして、文字がにじんだり判読不可能になってしまったケースがあります。最新技術の赤外線カメラでもこれらの文字は判読できないまま現在にいたっています。
こうした事情もあり、1冊の書籍を修復するには議論を重ねられるのが通常なのです。
いざ修復、となると非常に綿密な事前調査が行われます。
紙や羊皮紙、インクの損傷部分を検証し、オリジナルの状態を明確にします。この事前調査により、書籍の損傷部分と無傷の場所を詳細に記録するのです。また、もしもの場合に備えて、修復される書籍の複製も製作します。
事前調査によって、修復に必要な作業が染み抜きなのか、洗浄なのか、あるいは酸を取り除くことなのかを判断するのです。酸は紙を真っ黒にして文字を判読不能にしてしまうため、脱酸作業は修復のためだけではなく未来に書物を残すためにも重要な工程とされています。
また、穴が開いてしまったページの修復には、和紙が用いられることもあります。穴の大きさや形に合わせて和紙を切り、細い錐のような道具を使って穴を埋めていきます。和紙による修復は、将来起こりうる劣化の進行を減速させる効果もあるとされています。
絵画の修復や乾燥防止にも和紙が活用されることは、日本人としては誇らしく感じますね。
書籍の修復にはもちろん、装丁部分も含まれています。
この装丁修復もまた議論の的になります。書籍本来の装丁はどのようなものであったのか、その後の修復でどのように変化したのか、耐久性を重視するのか、閲覧時の利便性が優先か、などなど、一筋縄でいかないのが実情です。
つまり、書籍というものの持つ役割を優先させるのか、または貴重な書籍の存在自体を優先させるべきかが最終的な課題になってきます。
その他、以前に行われた修復も、その書籍が持つ歴史の一部として尊重し、そのまま保存するのか、あるいは過去の修復は「失敗」であったとみなされれば原型に戻す努力をするべきなのかも議論の対象になります。
書籍のオリジナリティーを尊重するあまり、たとえばページがめくれない状態になり、内容が読めなくなってしまえば書籍の存在の意味がなくなってしまいますが、一貫した規範が必要か、と問われればこれまた難しい問題なのだそうです。
たとえばこの世の中に、一冊しかない書籍となれば内容が解読できることが最優先となりますし、すでに同じ本が存在していたとしても、その本が著名な人による直筆であるとか、何冊か存在するうちの世界最古のものなどという理由があれば、存在自体が優先されます。
こうしたさまざまな状況について議論を重ね、1冊の書物が修復されていくのです。
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