天声人語にならう上手な文章の書き出し方
朝日新聞で連載されているコラム「天声人語」は、話題の出来事を独自の視点から切り取ることで人気を集めています。
朝日新聞の論説委員が執筆しているだけあり、その書き出しはどれも実に見事。
本コラムではこの「天声人語」を例に、書き出しのコツをご紹介します。
以下では書き出しのパターンを三つご紹介します。
キーワードとなるのは「ギャップ」です。
①言葉を見るときの角度を変えてみる
「衆院定数是正で汗を流せ」
汗をかくという言い回しが、苦労するという意味で使われることがある。特に政界でよく聞く。与党が野党の合意を取り付けるために説得を重ねる。頭を下げる。かつては酒食の接待をするなど、よくない汗が流されたこともある。「命ひしめく春に」
春告鳥(はるつげどり)がウグイスなら、春告虫はさて何だろう。思いめぐらせばモンシロチョウが頭に浮かぶ。菜の花畑をはずむように飛ぶ姿は、旧仮名で表す「てふてふ」の語感がよく似合う。
ここに挙げた書き出しは、誰もが知っている言葉を、ふつうとは異なる目線から切り取ったものです。
「汗水流して働くのは良いこと」という見方を少し変えて「よくない汗」について考えてみる。
「春告鳥」という言葉から視線を外して、別の「春告虫」について考えてみる。
誰もがおなじみの言葉から始まっているからこそ、そこからの展開がより意外に感じられるはずです。
「『目は口ほどにものをいう』というが、その目よりも考えを伝えるからだの部位はないだろうか」
「『青菜に塩』は気分がしおれるという意味だが、実際食べると美味しい気がする」
くだらないと思われるかもしれませんが、大喜利やとんち感覚でアイデアの種を貯めていくのがおすすめです。
②引用文から始め、それを疑ってかかる
続いて次の文章を見てみましょう。
「夢か脅威か人工知能」
碁を愛し、「名人」という小説を残した川端康成は「碁ほど精神を集中し、沈潜するわざはほかにない」と言っていた。
この書き出しは、ノーベル文学賞作家として知られる川端康成の言葉を引用するところから始まっています。
とはいえこの文章は、ただの「虎の威を借る狐」ではありません。
この書き出しのあとに続いているのは、AIを相手に世界最強棋士が敗北を喫したというニュースです。
つまり、川端康成の愛した深遠なる囲碁の世界が、人工知能によって脅かされつつあるという、冒頭とは真逆の展開へと繋がっているのです。
偉人の残した言葉を踏まえて、それとは反対の方向に切り返せば、その文章には立派な批判精神が宿ります。
先人の言葉にそのとおりだと肯くばかりではなく、果たして本当にそうだろうか、と疑いをかけることで、独自の切り口が獲得できるのです。
③理想を見せたあと、現実を突きつける
最後はこちらの文章をご覧ください。
「戻れない故郷を子や孫に」
春は満開のサクラ、夏は闇を彩るホタルの群舞。四季の美しい光景が次々あらわれる。しかし、それらの写真に人は写っていない。ページをめくると、餌の根茎を求めて土を掘り返すイノシシや、牛舎に侵入するサルが登場する。人が消えた集落の今である。
美しい情景から一転、秩序を失った村落の末路へとつながる、急転直下の文章です。
ここでは理想と現実の落差が効果的に使われています。
「こうであればいい──しかし現実はそうではない」と読者を揺さぶることで、訴求力の高い問題提起を可能にしています。
いきなり本題に入る前に、理想というワンクッションを置くというテクニックが使われています。
周囲を見回せば、思いどおりにいかないことは山ほどあるはず。
「こうだったらいいのになあ」は、優れた書き出しを生むためのきっかけになりうるのです。
まとめ
最後に、本コラムでご紹介した内容をおさらいしましょう。
・当たり前の言葉を当たり前にしない。少し角度を変えるとアイデアは山ほど出てくる。
・偉人の言葉ほど疑ってかかる。イエスマンには決してならないこと。
・高い理想を持つほど、現実の問題が浮き彫りになる。読者を絶望させるつもりで文章を書こう。
冒頭でご紹介した「ギャップ」の意味はお分かりいただけたでしょうか。
どの書き出しのパターンも、冒頭のイメージを裏切ることでより印象的な文章に仕上げています。
冒頭と中身のギャップが大きければ大きいほど、読者の心を掴むことができるのです。
飛躍を恐れることなく、自由な発想力を武器に文章を書いてみましょう。
(出典:すべて朝日新聞社『天声人語』 )