──作品の「ネタ探し」「題材選び」という言葉は、遠くに手を伸ばしていくようなニュアンスが強いですが、朝井さんは違うようですね。自分の内側のもやもやっとした部分に手を伸ばし、それを言葉にし、物語を添えて差し出していく、という。
朝井:そちらのタイプのような気がします。先日、石田衣良さんとお話しする機会があったんですが、「最近こまごまとしたことをずっと書いていて、分かりやすいあらすじのある話がどんどん書けなくなっていっている。それがコンプレックスなんです」と話したら、「こまごまとしたものだけで一冊やり切れるところが、朝井君の良さなんじゃないの?」と言っていただけたんです。「それを突き詰めた方がいいんじゃないかな」と言われた時に、私は書き手としての自分の性癖に白旗を揚げました。起承転結がはっきりあって、大きな題材を扱うような物語は、今の自分にとって書いていてあんまり気持ちよくない! こまごましたことを書くのがゾクゾクして気持ちいい。
──自分ファーストで行くぞ、と(笑)。
朝井:私は、特別都会でも田舎でもない平均的な町に生まれて、中高公立でそれなりに楽しく学校生活を過ごして、珍しい趣味などに没頭することもなく世の中の流行に沿ったテレビ番組や音楽を楽しんで……と、ずっと、最大公約数の人生を歩いてきた感覚があるんですよ。他の人にはない特別な経験や題材、唯一無二の視点が自分の中にあるという感覚がない。そう考えた時に、自分は「物語」において「物」じゃなくて、「語り」を大事にすべきなんだなっていうのは最近強く感じます。多くの人が心のどこかでなんとなく感じていることを文章にする、それが作品として成立している、というのが目指すべきところなのかな、と。だから、今は文章力を磨くことに意識が向いています。そして、その著者だけの特別な経験から書かれたスペシャルな小説を読んで落ち込んだりするのはもうやめよう、と。
──朝井さんの作品を読むことで、自分たちは今どんな現実を生きているのか、実感し直す。読者の多くは、そういう期待も込みで朝井さんの新作を待ち望んでいると思います。
朝井:そうだったら嬉しいです。私は、例えば『コンビニ人間』で芥川賞を受賞された村田沙耶香さんのように、人間のコミュニケーションゲームを外から眺めたうえでの「大発見」は書けないと思うんです。コミュニケーションゲームの内側にどっぷり浸かったうえで、小さな発見をちまちまちまちま書くことしかできない。だとしたら、そのやり方を極めたい。読む人によっては、「別に普通のことを普通に書いてるだけじゃん!」みたいなことだと思うんです、私の小説って。それが商品価値になっているってところが、朝井リョウという作家への不信感に繋がっている部分だと思うんです。だからこそせめて文章自体の強度を上げていきたいというのがここ最近の目標です。
……とか言いながら、いきなり“ここなら誰も書いてないだろう”みたいなニッチな世界のド真ん中成長物語とか書き出すかもしれないですけどね(笑)。
──最後に、これから小説を書きたいなと思っている人にアドバイスをお願いします。
朝井:誰もが文章を日常的に書いているし、想像力も備えています。ということは、小説を書くことって、誰しもできることなんです。だけど世の中には小説を書いている人と書いていない人がいる。ということは、その間にある違いって、「私は小説を書く」と決めているか決めていないか、ただそれだけのことなんだと思います。さっき「書き終えること」と「書き終え続けること」が大事なのでは、という話をしましたが、最初の第一歩は「私は小説を書く、と決めること」だと思っています。
Interviewer=吉田大助
Photographer=三原久明
朝井リョウ『死にがいを求めて生きているの』(中央公論新社)
誰とも比べなくていい。
そう囁かれたはずの世界は
こんなにも苦しい――
植物状態のまま病院で眠る智也と、献身的に見守る雄介。
二人の間に横たわる〝歪な真実〟とは?
毎日の繰り返しに倦んだ看護士、クラスで浮かないよう立ち回る転校生、注目を浴びようともがく大学生、時代に取り残された中年ディレクター。 交わるはずのない点と点が、智也と雄介をなぞる線になるとき、 目隠しをされた〝平成〟という時代の闇が露わになる。
今を生きる人すべてが向き合わざるを得ない、自滅と祈りの物語。
1989年5月生まれ。岐阜県出身。2009年『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー、同作が12年に映画化。11年『チア男子!!』で第3回高校生が選ぶ天竜文学賞受賞、同作が16年にアニメ化。12年『もういちど生まれる』で第147回直木賞候補、13年『何者』で第148回直木賞を戦後最年少で受賞、同作が16年に映画化、17年に舞台化。14年『世界地図の下書き』で第29回坪田譲治文学賞。2016年には英語圏最大の文芸誌「Granta」日本語版でGranta Best of Young Japanese Novelistsに選出される。その他の小説に『星やどりの声』『少女は卒業しない』『スペードの3』『武道館』『世にも奇妙な君物語』『何様』『ままならないから私とあなた』、エッセイ集に『時をかけるゆとり』『風と共にゆとりぬ』。2019年は3月に『死にがいを求めて生きているの』を発表、5月に『チア男子!!』が映画化。『小説幻冬』で連載中の『どうしても生きてる』は今秋発売予定。