エントリーナンバー3 カップの底に見えたものベリーダンサー・カメリアの物語
p8著者名:富澤 規子
この頃、カメリアはまだ30代半ばだった。若い女性が異国の地で上流階級を相手にそつなく社交をこなしていたのだから本当に驚く。彼女はパリを拠点に高級ホテルへのショー出演のためにアラブ諸国へ幾度となく渡航し、そのキャリアを着実に積み上げていった。
そうこうしている数年でカメリアの名は広まり、モロッコ王宮でその技芸を求められるまでになった。宮殿の広大な中庭を大楽団を連れて訪ねる。中庭に張られたいくつもの天幕にはハッサン二世とその王族達が居並ぶのだ。音楽が演奏されるなか、遠くの天幕から呼ばれ何十メートルもの距離を踊りながら訪ねる。あっちの天幕、こっちの天幕がカメリアを呼ぶ。
カメリアの話を聞いていると、千夜一夜物語の世界が本当に現代に存在していたことに驚きもするし、アラブ社会を知る者としてさもありなんと納得もする。
カメリアの踊りがすっかり気にいったハッサン二世は彼女を何度も宮殿に招いた。王様自ら彼女を宮殿の車寄せまで見送り、送迎車のドアを開けてのエスコートをしたほど彼女は敬意を示されていた。
この80年代がカメリアがショーダンサーとして栄華を極めた時代と言えるだろう。
このように成功したダンサーも華やぎのピークで引退して有力者の妻に納まるのが普通だ。美しい彼女達のキャリアをストップさせ、その後の人生を独占することは、アラブ人男性の自尊心を大いに満足させる。そしてその有力者とはたいていの場合ミュージシャンではない。
エジプトの、そしてアラブの芸能界では金と名声のあるところに恋が生まれる。
アラブ歌謡の大綺羅星であるウンムクルスーム、アメリカを放浪するカメリアをアラブへ引き込んだあの歌声の持ち主も地位のある医師と結婚をしている。ピラミッド通りのキャバレットでカメリアの踊りを絶賛したダンサー女優タヒア・カリオカは14回の結婚を繰り返し、彼女の結婚相手は医師やエジプト国王付パイロット、演出家といった名士が目立つ。
だがカメリアが求め愛するのはアラブ歌謡と、それに身をゆだねること、そしてアラブの音を奏でる尊敬すべきミュージシャン達だ。
カメリアは引退を選べなかった。踊りをやめることがどうしてもできない。踊りを奪われるのは感情を奪われること、生きて呼吸をするということは、アラブの調べで踊り続けるということだから。